くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

タグ:力石

小友農村公園(小友小学校跡地)です。 かつての小友館跡地。 『小友館遺跡…遺跡東側に大蜂川を望むこの台地で、いまから5000年以上前の縄文時代前期の住居跡や、平安時代の鍛冶遺構のほか、鎌倉時代の陶磁器や掘跡が発見されました。また古代から人々が住み着いていた ...

江戸端唄「紀伊の国」にも出てくる合力稲荷さま。 境内案内看板より。 御祭神:保食神。 御社殿:神明造。 御創建:永禄年間(1558-1569)。 縁起:当社は永禄年中山谷村百姓一同にて郷中鎮守と奉斉す有り。御祭神は生活の基をなす食を司どる神として御神威を発揚され約 ...

諏訪堂村。天文年間(1532-1555)の津軽郡中名字に『戦藤すはどう須和堂、諏訪堂とも書ク』とあります。 天正13年(1585)大浦為信の津軽統一最後の戦い(田舎館攻撃)の際、『諏訪堂村に垣上を構られ』と為信の本陣が築かれました。 津軽諸城の研究によりますと、この館 ...

御祭神は誉田別尊。 青森県神社庁による由緒。 「七戸町の西端にそびえる八幡岳(1022m)の山上に鎮座。 宝暦(1751-1764)の頃の御領分社堂に御嶽権現とみえ、俗別当見蔵坊とあります。見蔵坊は見町観音堂の別当も兼ね、神仏分離令により明治6年に上川目神社と改称しまし ...

御祭神は稚産霊神、豊受姫大神、宇迦之御魂大神。 境内の由緒案内より。 『鐵砲洲稲荷神社は、江戸湊の入口に鎮座する神社として、地域の人々の信仰を集めてきました。神社は、寛永元年(1624)頃、稲荷橋南東詰に遷りましたが、明治元年(1868)現在地に移転し、今日 ...

御祭神は倉稲魂神、高おかみ神。 鳥居が新しいですね。 何かが描かれている石碑。 「嘉永五壬子八月廿四日」の文字はわかります。 創建は正徳年間(1711-1715)ですが月日は不詳。正徳年間、工藤一族の祖工藤荘司という者が堂祠を建立して深く崇敬したと伝えます。※新 ...

蔵王山の入口にある蔵王大権現大鳥居。 遠くから撮った方が大きさが伝わる気がしたので。綺麗に虹も出てたんですが…見えませんよね?(笑) 蔵王温泉に鎮座する酢川温泉神社です。 川柳坂。 社殿までは230段程あります。 燈籠にある川柳が面白いですね。 ほんの ...

御祭神は倉稲魂命。 文治5年(1189)、源頼朝が藤原泰衡を滅ぼした際、家臣佐藤庄司基治が当地に移住し、平泉藤原氏全盛時代に平泉七社の内に数えられた稲荷宮と祇園社を館内に勧請し創立したことに始まります。 仁治元年(1240)、千徳伊探守行重が浅石城主になると佐藤 ...

日照田村から分村して成立した館前村(時期不詳)。なお、かつては建前館という丘城があった地と考えられます。 町の入口にあった力石。力石は江戸から明治の時代にかけて、鍛錬及び娯楽として力試しが盛んに行なわれました。大概は60kg以上で、中には300kg以上のものもあ ...

東京都最大の八幡神社。 今回は色々な碑を中心に紹介します。 木場木遣之碑。 力持碑。 力石。 五拾五貫は約206kg! 石造燈籠。 宝暦年間に伊奈忠宥奉納。 横綱力士碑、超五十連勝力士碑、附陣幕・不知火顕彰碑二基、日月石寄附碑、地固め寄附碑、土台石垣、 ...

ズンッズンズン ズンドコ♪ . きよしっ! ズンッズンズン ズンドコ♪ きよしっ! って、本当に氷川きよしの芸名の由来の神社なんです。 狛犬の頭に木が…(笑) 当神社の境内には7対の江戸獅子型の狛犬が残っています。いずれも石製で、その多くは祭礼や式典に合わせて ...

大同2年 (807年) 坂上田村麿将軍、大野という地に弁財天を勧請、弁天宮堂社を建立の上待臣を神主とする。寛文2年(1662年)現在地に遷座、平賀庄6ヶ組(猿賀組、大光寺組、尾崎組、大鰐組、和徳組、堀越組)により社殿の造営、供米が奉納される。 寛永4年(1707年)信政 ...

浪岡大字北中野字沢田にあります。北畠氏が浪岡城に移るまでの居城であった源常館跡地。 推定樹齢500年以上、高さ20.5m、幹周囲6.47mの源常林の銀杏。 違う季節に行った時の写真。 散っています。ぐわ。  この銀杏の木は「天和の絵図」や、菅江真澄の紀行文「すみかの山 ...

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