くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

タグ:力石

『氣比神社(おいらせ町)』からの続き。以前は冬に参拝したので気付きませんでしたが、力石があります。文字は読み取りにくいです。といっても案内板があったので正直ちゃんと見ていません。こちらは「百石村…力士…」の文字は見えます。力石で間違いないでしょう。こちら ...

八雲神社略記…『祭神:須佐之男命、稲田比賣命、八王子命、佐竹氏の霊。由緒:永保年中新羅三郎源義光公の勧請と伝う。室町時代関東管領足利成氏公は公方屋敷に渡御した当社の神輿に奉幣を行うを例とした。戦国時代小田原城主北条氏直公は祭礼保護の「虎印禁制状」を下賜し ...

八戸市長者1丁目。地内には藩政時代からの神社仏閣が多くあり、長者山(板橋長治の子孫が住んだ長治山)を中心に長者山新羅神社、大慈寺、光龍寺、南宗寺、弾源寺、八坂神社などが鎮座しています。長者山新羅神社は、青森県八戸市の長者山山上に鎮座する神社であり、重要無形 ...

平内町口広左エ門次郎に鎮座。凄い名前の住所ですね。御祭神は建御名方命。例祭日4月27日。元禄11年、狩場沢の堀差野に建立された後、寺田四郎左エ門の申し立てにより津軽と南部の境目の守護神として助白井(介白居)村に移転。その後、正徳2年に社殿を新築して当村に移され ...

普通の田んぼの畦道を通っていきます。かなりわかりにくい場所ですね。 当神社の由緒等はわかりませんでしたが、古峯信仰は栃木県鹿沼市草久古峯ヶ原に鎮座する古峯神社(総本社)に対する信仰です。 御祭神の日本武尊を火防、海上安全、五穀豊穣、家内安全、村内安全な ...

東京都江東区大島。 西大島駅から新大橋通りを西に向かい、越中島支線沿いを北に向かった辺りに鎮座。 御祭神は軻遇突智神。 創建不詳。 寛永年間(1624-1645)に葛飾郡中之郷村の成就院境内より大島2丁目6番に遷座し、後の大正2年6月に現在地へ鎮座。 『愛宕神社 ...

鳥居は一つですが2つの神社が鎮座しております。 正面には浪除稲荷大明神。 右の石畳を進み… 更に鳥居があり… 於咲稲荷大明神。 御祭神は倉稲魂命。 力石が3つあります。 いずれも「さし石」と刻まれています。内一つには「佃大市」「佃辰」「佃清」「吉松」の名 ...

中沢村の字名として池田・浪返があります。こちらは字池田の稲荷神社。御祭神は宇迦廼御魂命、猿田彦命、大宮能女命。 参道の木々が美しいですね。 元禄15年(1702)の堂社縁起修験道由緒及び同年弘前大行院の書上によりますと、寛永元年(1624)の草創と伝えます。延宝9 ...

小友農村公園(小友小学校跡地)です。 かつての小友館跡地。 『小友館遺跡…遺跡東側に大蜂川を望むこの台地で、いまから5000年以上前の縄文時代前期の住居跡や、平安時代の鍛冶遺構のほか、鎌倉時代の陶磁器や掘跡が発見されました。また古代から人々が住み着いていた ...

江戸端唄「紀伊の国」にも出てくる合力稲荷さま。 境内案内看板より。 御祭神:保食神。 御社殿:神明造。 御創建:永禄年間(1558-1569)。 縁起:当社は永禄年中山谷村百姓一同にて郷中鎮守と奉斉す有り。御祭神は生活の基をなす食を司どる神として御神威を発揚され約 ...

御祭神は誉田別尊。 青森県神社庁による由緒。 「七戸町の西端にそびえる八幡岳(1022m)の山上に鎮座。 宝暦(1751-1764)の頃の御領分社堂に御嶽権現とみえ、俗別当見蔵坊とあります。見蔵坊は見町観音堂の別当も兼ね、神仏分離令により明治6年に上川目神社と改称しまし ...

蔵王山の入口にある蔵王大権現大鳥居。 遠くから撮った方が大きさが伝わる気がしたので。綺麗に虹も出てたんですが…見えませんよね?(笑) 蔵王温泉に鎮座する酢川温泉神社です。 川柳坂。 社殿までは230段程あります。 燈籠にある川柳が面白いですね。 ほんの ...

日照田村から分村して成立した館前村(時期不詳)。なお、かつては建前館という丘城があった地と考えられます。 町の入口にあった力石。力石は江戸から明治の時代にかけて、鍛錬及び娯楽として力試しが盛んに行なわれました。大概は60kg以上で、中には300kg以上のものもあ ...

東京都最大の八幡神社。 今回は色々な碑を中心に紹介します。 木場木遣之碑。 力持碑。 力石。 五拾五貫は約206kg! 石造燈籠。 宝暦年間に伊奈忠宥奉納。 横綱力士碑、超五十連勝力士碑、附陣幕・不知火顕彰碑二基、日月石寄附碑、地固め寄附碑、土台石垣、 ...

大同2年 (807年) 坂上田村麿将軍、大野という地に弁財天を勧請、弁天宮堂社を建立の上待臣を神主とする。寛文2年(1662年)現在地に遷座、平賀庄6ヶ組(猿賀組、大光寺組、尾崎組、大鰐組、和徳組、堀越組)により社殿の造営、供米が奉納される。 寛永4年(1707年)信政 ...

浪岡大字北中野字沢田にあります。北畠氏が浪岡城に移るまでの居城であった源常館跡地。 推定樹齢500年以上、高さ20.5m、幹周囲6.47mの源常林の銀杏。 違う季節に行った時の写真。 散っています。ぐわ。  この銀杏の木は「天和の絵図」や、菅江真澄の紀行文「すみかの山 ...

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