くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

カテゴリ:寺・神社 (十和田市) > 寺・神社(旧十和田湖町)

十和田市沢田。沢田下平と沢田太田川原の境に鎮座。周囲は広大な田園で、鎮守の杜が一目瞭然。田んぼの畦道を歩いて行きます。遠くから見た時は社殿に見えましたが、本殿覆屋でした。鳥居。参道。御祭神は菅公。由来は詳かではありませんが、畠山の一族が二戸郡の浄法寺の天 ...

十和田市沢田太田川原。奥入瀬川沿い。㈲EM(イーエム)の里の近くです。新田大明神と㈲EM(イーエム)の間にある趣ある家。神社前には牛がいっぱいおりました。鳥居。額束には「新田大明神」。鳥居から社殿の間には綺麗に木が並んでおります。石灯籠一対。社殿。由緒等 ...

十和田市大字沢田和野。国道102号線から生内川沿いを南下します。當所大権現の手前。當所大権現と勘違いして参拝したため詳細は不明です。當所大権現の由緒も不明ですが。手水石。正面から見るとそこそこきちんとした社殿に見えましたが…拝殿内は真っ暗で…そして天井が崩れ ...

青森県十和田市沢田和野。生内川沿い。国道102号線から生内川沿いを少しだけ南下した付近に鎮座。何かこの木が凄いことになっております。社殿。拝殿向拝。拝殿向拝神額。由緒等についてはわかりませんでした。  ...

十和田市法量焼山。奥入瀬渓流の玄関口となる焼山地区の十和田湖温泉郷。毎年7月下旬にはうしの湯祭りが開催されます。土用の丑の日に温泉に入ると1年間は病気に罹らないと云われています。十和田湖温泉神社は十和田湖温泉スキー場横に鎮座しています。(※奥入瀬渓流温泉ス ...

漆畑入口付近。 かなり荒廃しており、神社への入口すらわかりません。 参道は歩けない状態です。 一応お供えものはありましたが、相当期間参拝者がいない感じもします。 蒼前堂としては立派な建物なので勿体ないですね。 拝殿。 向拝。 蒼前堂と書かれた札。 朽ち ...

袖山地区。両隣りには墓地と八幡宮があります。かつては八幡宮と共に鎮守の森に囲まれていましたが、現在はすべて伐採されています。 鳥居は新しく感じました。 社殿。 当神社の由緒等については調べておりません。 拝殿内。中央に本殿。手前の布に昭和48年5月吉日の紀 ...

袖山地区。すぐ隣りには蒼前神社があります。かつては蒼前神社と共に鎮守の森に囲まれていましたが、現在はそのほとんどが伐採されており、社殿裏に僅かに残している程度です。 鳥居は新しく感じました。 歴史は古く感じますが、由緒等は不明でございます(きちんと調べて ...

一之鳥居前にあるイチョウの木。立派な巨木ですが特に案内板などはありませんでした。 かつて新羅神社が山上から麓に遷座した際に植えられたものとも云われており、一之鳥居よりも目を引く大きさです。東北巨木調査研究会HPによりますと「仙ノ沢のイチョウ」(幹周7.5m)と ...

十和田市法量谷地。日本三秘湯の谷地温泉。八甲田山中腹の高田大岳への登山口にあり、約400年の歴史があるとされています。 国誌によりますと、「湯室二つあり…上の湯と云ふ熱湯にしgて硫質ありて白濁にして潔ならす、疝疾に適しと云…下の湯と云湯上の湯と同質なれとも ...

十和田市沢田田屋。十和田市立沢田小学校隣。陸奥沢田郵便局裏手。 かつての沢田村。沢田氏系図に「(盛岡藩主)利直公、慶長16年10月12日付八百石、其実797石8斗9升5合也を賜ふ、御黒印あり」と見えるように、江戸初期は沢田氏の知行地でした(その後知行地は失われていま ...

立派な鳥居。鳥居再建寄進者御芳名碑(竣工平成4年11月30日)。 住所は十和田市沢田長根。三日市集落の産土神です。この地方の白山信仰として、白山神社は白上、切田、向切田、森ノ越などに祀られていましたが、新撰陸奥国誌によりますと切田八幡宮・大池神社にも末社とし ...

由緒不明(調べていません)。場所的には十和田神社に関連するものとも考えられます。 石灯篭一対(明治11年5月12日)。 社殿。 向拝下神額。 社殿内。中央に十和田神社、右に熊野神社、左に高王観世音。 ...

十和田市奥瀬下川目。かつての奥瀬村で五戸通に属します。 由緒等は調べていません。御祭神は菅原道真公。 家みたいな造りです。鳥居が無ければ神社と気付かないレベルです。 社殿内。 内陣。 さるぼぼがありました。飛騨高山など岐阜県飛騨地方で昔から作 ...

十和田市史跡・文化財マップによりますと『三日市集落の東端にある館跡である。天正19年(1591)の九戸政実の乱で九戸側についた三日市越中(越前)の居館とされ、市内最大規模の館跡である。館跡は三つから四つの廓で構成されたといわれるが、九戸の乱で敗者となった三日市 ...

かつての法量村。奥入瀬川の中流にあたる法量地区は奥入瀬川の河岸段丘であり、縄文土器を伴ったいくつかの縄文遺跡が発見されている場所です(中里遺跡)。元来奥瀬領(五戸通)に属し、七戸通に替ったことにより五戸通と七戸通との間の管轄上・生活上の諸問題を抱えること ...

十和田市奥瀬堰道。神社入口に門があるのは珍しいですね。 青森市には田茂木野という地名がありますが、こちらの田茂木野の由来がわかりません。由緒等も調べていません。 社殿内正面には小祠が2つ。その他蛇の絵馬が見えました。 御神木(三頭木)。 境内は公 ...

十和田市沢田蒼前平。かつての沢田村。沢田氏系図に「(盛岡藩主)利直公、慶長16年10月12日付八百石、其実797石8斗9升5合也を賜ふ、御黒印あり」と見えるように、江戸初期は沢田氏の知行地でした(その後知行地は失われています)。当村は地勢に恵まれ、生内川を利用して早 ...

十和田市沢田字太田。後平との境ほどに鎮座。 牛一対(昭和5年9月25日)。 立派な角が生えています。 石灯篭一対(大正4年9月25日)。 二十三夜塔(天保14年11月13日)。 社殿。御祭神は菅公。 由緒は不明なるも畠山の一族が二戸郡の浄法寺の天満宮を勧請したもの ...

十和田市沢田寺ノ上。 立派な山門。 五戸高雲寺末沢田山東光寺。 寛文4年僧逸暁の開山。明治7年には沢田小学が寺院を借用して開校。 蟇股。 木鼻。 向かって左の木鼻は破損していますね。 有縁無縁三界萬霊法界含識供養之塔。 「當寺不動産 ...

十和田市沢田水尻。かつての沢田村で五戸通に属し、江戸初期は沢田氏の知行地。地勢に恵まれ、生内川を利用して早くから開拓された村です。 榎林稲荷神社もしくは榎林神社と呼ばれています。由緒等はわかりませんでした。大正2年6月に部落の出火により類焼するも、御神体は ...

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