くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

カテゴリ:坂道 > 坂道 (青森県内)

新寺町にある坂道。唐金坂と勝手に呼んでいます。 寺沢川から本行寺へ上がる坂で勾配はさほどありません。 唐金とは青銅のこと。唐金橋はかつて銅橋とも呼ばれていました。 この唐金橋を渡ると在府町となり弘前市立朝陽小学校や木村産業研究所があります。 「木村産 ...

西浜街道沿いに発達した独狐。正保4年に石渡村から独狐村まで新道が開かれています。 前坂。 独狐は天文年間の津軽郡中名字にもある古い街村で、往来の馬のわらじが売れる賑やかな町だったといいます。 その独狐の北のはずれの左側の丘に七面様で有名な感応寺があります ...

通称もみじ谷と呼ばれている有名な場所。 特にもみじの季節になればカメラマンに大人気のスポットでさくらを凌ぐ美しさです。 鶴の坂と呼ばれているのは坂上に鶴の松(アイグロマツ)があるからでしょう。 こちらの地図には現在のもみじ谷と同じ経路の坂道が描かれ ...

住所的には貝ノ口になるのかな?城内の十役野に通ずる鳥谷部街道の坂の上り口に、杉の大木がそそりたち、その根元に2つの石があります。 新道を通す際にこの2基を近くに移し祀ったところ、某家に病人が出たので占ってみると、山の神様が元の場所に帰りたがっているというこ ...

大豆坂街道の松並木の面影が感じられる追分松が目立ちます。 下の方が草で埋もれており分かりにくいのですが、追分石には「左:入内、右:往還」「奉納観世音菩薩納経塚」「御國三拾三所 西國三拾三所」、裏には「嘉永六癸丑年三月吉日」など(講中奥崎甚四郎等10人、石工 ...

豊岡から石名坂~牡丹平。 「右温湯道」「左山道」と書いてあります。 住所的には豊岡、石名坂、牡丹平。 この近郊の小字には水無平、牡丹平、諏訪野平、五輪平と「平」だらけですが、実際には坂道だらけ(笑) 坂の横には牡丹平小学校や浄水場があります。また、坂下か ...

深浦駅近くの踏切を渡った正面の坂道です。 地図には留土坂とあります。 車は通れませんが岡町のメインストリートへ行くには大変便利な坂。 見晴らしもいいですねぇ♪ 日光のいろは坂のように上るので勾配はあまり感じず体力的にも楽です。 坂上付近には岡町の稲 ...

城郭の南に位置し、北はかつての南溜池跡に接します。 日暮橋で続く銅屋町から西の久渡寺道に至る道筋で、当町の中程から北へ唐金橋で在府町と連絡し、その西で北へ折れて加藤坂を下って寺沢橋を渡れば茂森町へと続きます。 慶安2年の寺町(現在の元寺町)大火により ...

青森市の鶴ヶ坂にも津軽坂(こちらは菅江真澄が名高い坂と記しています)という場所がありましたが、今回紹介するのは小泊の津軽坂。 山を越える道。 現在は舗装されており、趣こそありませんが、主要道路(国道339号小泊道)として利用されております。しばらく進むと小 ...

坂下で線路下を潜ります。 どちらかといえば緑の多い坂道ですね。 この坂道の最も美しい光景はこのトンネルと平行するポイントかも知れません。すぐ横をJRの電車が通ります。 町奉行所に属するものに深浦御蔵・湊番所・遠見番所があります。 深浦町史によれば湊番所は通 ...

弘高下駅から桔梗野方面への坂道。 狭いのに交通量も人通りも多い道。しかも歩道はなし。その上、坂下は踏切(弘前高下駅・昭和27年開業)と土淵川に架かる橋。つまり冬場の運転は非常に危険度が高い坂道と言えましょう。 駅近くにはちょっとした公園が整備されています ...

深浦湊は津軽の日本海側で最も南に位置し、古くから蝦夷地と日本海岸・瀬戸内海方面とを結ぶ北国海運の寄港地です。 江戸時代には松前航路と下北航路の分岐点となり、風待湊と木材(檜・杉・槻等)を上方へ積出す港として明治末まで栄えました。 深浦駅の裏手(踏切を渡 ...

初代藩主為信が津軽氏と改称する以前の姓が「大浦」でした。 藩政時代初期は城内の一画にに大浦町を町割りしていましたが、後に現在地に移転し、藩政末期まで重臣たちが住んでいたところです。  元禄・宝永年間、武家屋敷の郭外移転で完全に侍町になります。  慶長16 ...

大間越街道は江戸時代に整備され、羽州街道の檜山の手前にある金光寺追分から能代、八森を経て弘前に向かう街道。 能代は米代川の舟運と日本海の北前船が寄航する港町で、多くの物資が集まることで重要視され、番所なども置かれていました。 羽州街道が整備される江戸時 ...

かつて安渡湊と呼ばれていた大湊は北前船で賑わう商人の街。 砂洲に囲まれた大湊は天然の良港。 今回はそんな大湊より「丹内坂 (たんないざか」の紹介です。 市道連絡9号線。 坂下付は急勾配となります。 この付近では最も急勾配かも知れません。 丹内とは個人名ら ...

青森県黒石市山形町。 「愛宕山地蔵院」に沿って美しい湾曲を描く坂道「長崎坂」の紹介です。 明治12年1月、山形町法眼寺、愛宕地蔵院から下る坂道が切り開かれました。これが長崎坂。 これにより中郷村長崎を経て、浅瀬石村と結んだ新道が開通。 浅瀬石大橋も架けら ...

かつて安渡湊と呼ばれていた大湊は北前船で賑わう商人の街。 砂洲に囲まれた大湊は天然の良港。 今回はそんな大湊より「新川守坂 (しんかわもりざか)」の紹介です。 川守町。 市道連絡8号線。 地域名がそのまま名前となっている坂道です。 坂下はかなりの急勾配 ...

かつて安渡湊と呼ばれていた大湊は北前船で賑わう商人の街。 砂洲に囲まれた大湊は天然の良港。 今回はそんな大湊より「川守坂 (かわもりざか)」の紹介です。 川守町。 市道連絡7号線。 地域名がそのまま名前となっている坂道です。 勾配の程がわかります。 坂 ...

かつて安渡湊と呼ばれていた大湊は北前船で賑わう商人の街。 砂洲に囲まれた大湊は天然の良港。 今回はそんな大湊より「西ノ平坂 (にしのたいらざか)」の紹介です。 川守町。 市道連絡6号線。 かつては「藤田坂」「吉田坂」などと個人名で呼ばれてきた経緯がある坂。 ...

かつて安渡湊と呼ばれていた大湊は北前船で賑わう商人の街。 砂洲に囲まれた大湊は天然の良港。 今回はそんな大湊より「一番坂 (いちばんざか)」の紹介です。 大湊上町。 市道連絡4号線。 昔、牛頭天王という疫病の神様があり、天王坂と呼ばれていましたが、常楽寺前 ...

かつて安渡湊と呼ばれていた大湊は北前船で賑わう商人の街。 砂洲に囲まれた大湊は天然の良港。 今回はロマンス坂と一番坂の間くらいをブラブラしてみました。 名のない坂道。 全然関係ないですけど「高坂」という呉服屋はありました。 細い坂道です。 鋭く曲がってお ...

↑このページのトップヘ