くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

カテゴリ:遺構・遺跡・痕跡・城址・廃墟・碑等 > 主として城址・館址

弘前市藤沢野田。過去の記事:『持寄城(もちよせじょう)跡』元弘3年(1333)鎌倉幕府執権北条高時が治める鎌倉幕府は、後醍醐天皇の倒幕計画によって滅亡しましたが、幕府の重臣安達高景、名越時如らが幕府の再興を期して、奥州にいて反撃の機会をうかがっていました。それ ...

秋田城跡(高清水公園)にあります。『秋田城跡(高清水公園)』の記事。『城外南東の鵜ノ木地区にあった寺院兼客館(迎賓館)に付属する奈良時代後半の水洗トイレです。建物の中に3基の便槽が並び、埋め込まれた木樋が沼地に延び、木樋の先端部には沈澱槽が掘り込まれていま ...

秋田県秋田市寺内大畑。様々な資料があるかと思いますが、主に現地案内板及びパンフレットの内容を中心に説明します。案内板により内容が被る部分もかなりあります。なお、歴史史料館は有料ですが、史跡公園の入園は無料、年中入園可です。史蹟秋田城跡周辺案内図…『○秋田 ...

弘前市境関富岳。平川沿い。富岳(トミオカ)神社。社号標「村社富岳神社」(明治39年旧4月8日)。明治37、8年戦役に従軍凱旋紀念の為の建立。出征軍人寄附者人名省略。発起人福士茂作、相馬卯三郎。境関は御検地水帳に小字として富田・西田・川辺があり、郷蔵屋敷を含めて田 ...

大渕ヶ鼻城跡石柱より「津軽を創ったつはもの達の夢の跡」台座に大渕ヶ鼻城跡石柱建設賛同者名(平成25年11月)。こちらの木には…「2008年第1回認定津軽遺産」とありますが、特に説明はありません。木の裏には石碑がありました。1基は馬頭観世音(昭和4年4月13日)。こちら ...

青森県三戸郡五戸町倉石又重舘町。史跡又重城址。五戸川右岸の丘陵地に位置しており、北の水田との比高約40m。代々又重氏の居館。戦国期に五戸郷を支配した木村氏の一族木村秀直が又重に入部して又重氏を称し又重城築城したと推定。九戸の乱において九戸の勧誘を拒否したため ...

青森県八戸市大字新井田館平。新井田の地名の由来として、古い文書に新田、二井田という地名があり、新田を新井田と改めたという説。新田という開墾地の意味ではなく、新井田川流域に面し、大部分が低湿の荒地や谷地であったといいます。他の説としては豪商松橋孫助の家伝の ...

秋田県男鹿市北浦相川神田。県道55号(入道崎寒風山線)から小増川沿いを日本海側へ北上。大増川と小増川の間に位置し、天然の濠となっております。別名三品館。山城。遺構は曲輪、土塁、堀切、横堀(空堀)。稲荷大明神。「奉納 家内安全 交通安全」とあります。比較的新し ...

秋田県湯沢市字内舘山。湯沢城址。善明寺の隣。道路沿いの一角に石塔群があったのですがすべてお墓でした。参道石段。眺望。参道鳥居。境内。雑草が伸びていてあまり整備されていない感じでした。御祭神は多紀理姫命、息長足姫命、本院別命、狭依毘売命。例祭日8月15日。八幡 ...

秋田県湯沢市古館山。中央公園(湯沢城址)内。この一帯は佐竹南家御屋敷跡です。鑑賞池。湯沢尋常高等小学校・湯沢東小学校・湯沢西小学校跡碑。二宮金次郎像。忠魂社(昭和34年11月3日・元第一航空艦隊司令長官寺岡謹平書)。湯沢雄勝戦没者慰霊之碑衆議院議員菅義偉謹書。 ...

秋田県湯沢市古館山。湯沢城址のある中央公園内。「飲むと力が出る」力水の由来…『湯沢は、古くから水と縁に恵まれた佐竹南家の城下町で、ここ湯沢城址、古館山麓より清水が湧き出る所一帯には、佐竹南家の御屋敷がありました。この名水は御用水で「からだに力がつく水だ。 ...

秋田県湯沢市内舘山。市指定史跡。中心市街地の東方の古館山と呼ばれる標高約200mの丘陵地帯に築かれた中世の山城。規模は東西約400m、南北約600m。本丸、二の丸、五社壇、馬場、見張台などの跡が今もその地形を残しています。ってことで、各所を見て回ろうと思ったのですが ...

青森県弘前市大字堀越川合。堀越城跡にあります。堀越城跡のガイダンス施設としても活用されているため、順序的には堀越城跡を見学する前に立ち寄った方がいいかも知れません。入館無料。開館期間4月17日~11月23日、開館時間午前9時~午後4時(※令和2年現在)。関連記事『 ...

青森県弘前市堀越。詳しくは過去の記事を参照ください。写真は外堀、中土塁、二十堀。過去の関連記事『堀越城趾 ・ 熊野宮 (青森県弘前市堀越)』※2011年『熊野宮 (弘前市堀越)』※2016年『堀越城跡 2016』『堀越城跡 2016 ~ 其之弐』『旧石戸谷家住宅(弘前市)』堀越 ...

秋田県鹿角市十和田大湯下ノ湯。下から見た薬師神社。下の湯共同浴場前から上ります。途中に相馬大作壮図の碑(別記事)があります。標柱「薬師神社参道入口」より…『下ノ湯は文明年間(1469-87)すでに共同浴場があり、また、幕末には、南部公専用の御留風呂が建っていた。 ...

秋田県鹿角市十和田大湯古舘。鹿角四十二館の1つ。築城年不明。12kmほど南方には南部藩の防衛前線基地である花輪城があります。天正17年、大館城を陥した功により初代城主大光寺光愛が入っていました。天正19年(1591)、九戸政実の乱にて大湯四朗左衛門昌次(武蔵七党横山党 ...

『大湯城跡(大湯新城稲荷等)』からの続きです。新城・館っこを通り、きよさんの清姫神社へ。入口の鳥居は小祠に対して反対側になります。標柱には特に何も説明がありません。小祠前の鳥居。清姫神社。長慶天皇の御子である寛光親王(※行岳山西光院(青森市浪岡北中野天王 ...

『大湯城跡(大湯新城・鹿角市)』からの続きです。写真では森の中を散策しているように思えるかも知れませんが…実際にそうなんですが…案内板や標柱が多いので、方向音痴の私でも比較的分かりやすい城跡でした。本丸付近の土塁。大手門跡。大湯城大手門跡…『登り口に「枡 ...

秋田県鹿角市十和田大湯和町。大湯城跡。大湯村についてですが、鹿角由来記によりますと「大湯村、大湯左衛門家来領知。本名奈良の惣領也。嫡子四郎左衛門、二男治郎左衛門、三男彦左衛門。右四郎左衛門天正十九年の九戸へ一味仕り、生捕られ、九戸と一処に三迫にて切腹。治 ...

「まほろば唐松・中世の館唐松城」。唐松城は、唐松岳の麓から山頂にかけて築かれた空堀や土塁が残る中世城館。この地は、16世紀末頃に、湊城(秋田市土崎)等を拠点とする安東氏、横手盆地北部を拠点とする戸沢氏、同南部を拠点とする小野寺氏の勢力が対峙した要衝であり、 ...

八戸市根城。隅ノ観音は根城跡南端の曲輪である沢里館の北側にあります。かつての根城村の集落中心地。奥州南部糠部三十三観音十二番札所。八戸御城下三十三観音霊場第二十三番札所。ちなみに私の地図にはなぜか「稲荷神社」とだけ記されています。庚申塔や金精さま・魂精神 ...

↑このページのトップヘ