年末の弘前経済新聞より一部抜粋・・・『弘前市鍛冶町にある複合ビル「三洋センター」が11月14日、年内に閉館することを発表した。1971(昭和46)年に建てられた同ビルは、老朽化で家主の意向により取り壊すことになった。同ビルのほか、隣接する1棟も同じ家主で、来年4月こ ...
カテゴリ:その他 > 忘れじの飲食店
忘れじのらーめんくまちゃん
青森県弘前市田園30年間、弘前で営業されていたそうです。休業が続いていましたが、2026年1月8日、閉店となりました。メニュー豊富でした。※写真は結構古いものです。 ...
ラーメンしぶたに
ラーメン「しぶたに」(弘前市新鍛冶町)2025年9月4日閉店。深夜3時まで営業しており、14年間にわたって弘前市鍛冶町のお酒好きの人の胃袋と肝臓を支えてくれたお店。メニューはラーメンのみならず、日替わり晩酌セットメニューや、豚足、親子丼等のどんぶりメニューもありま ...
忘れじの肉の富田
肉の富田(富田牛肉店)明治37年(1904年)創業。令和5年12月30日閉業。近年はかつサンドで有名でした。土手ブラしていればお腹いっぱいでも思わず手にとってしまう魅惑のかつサンド。この数年、新型コロナとか物価高騰とか色々ありましたが、そもそも昔と違って土手町自体か ...
忘れじの森風亭
弘前市若葉。アップルハウス2階。中華料理森風亭。落ち着いた雰囲気の店内。結構メニューが豊富。ボリュームもあります。個人的によく食べたのはしゅうまいかな。こちらも1個1個が大きいです。2017年12月28日閉店。※現在は「音楽×食堂 オトノキ(食楽酒場802)」 ...
忘れじの門外4丁目
弘前市門外4丁目。プレファブ造りの外観からは想像できない本格中華。そしてお値段もお手頃、かつボリュームのあるメニュー。かつてはこんな企画も。※現在この場所では「中華そばまる美」というお店が営業しております。 ...
忘れじの梅鮨
弘前市新鍛冶町。かくみ小路にあったお寿司屋さん。営業は17時からでした。お値段もリーズナブルで大将がとても気さくな方で入りやすいお店でした。私のおすすめはネギトロ&ゴールドスペシャル。古い写真ですいません。 ...
忘れじの食堂あさひ
板柳町福野田実田。板柳町で70年近く営業されていた食堂。令和5年3月31日閉店。麺類だけではなく、特に洋食が充実しており、私が好きだったのはこれ!オムライス!大好きでした。 ...
忘れじの和食舎さの
弘前市北川端町。日本料理店「和食舎さの」。京橋、白金台、大阪の和食店で働いた後に青森へと戻り、君待という料理店を鍛冶町で20年近く続け、平成11年に土手町に店を構えて「和食舎さの」とし、平成18年から店舗を変更。様々なところに意匠を凝らした物件であり、現在は佐 ...
忘れじのCherry's Bar
弘前市品川町にあったbar。マスターは現在の弘前市土手町「Pub Grandpa」のマスター。ドリンクもフードメニューも充実していた記憶。そして時にはパーティー的なものが開催されてとても賑わっていた記憶。入りやすくて楽しいお店でした。 ...
忘れじのうめちゃんラーメン
弘前市小金崎留岡。国道7号線沿い。お店の後方には「力士外ヶ濱 千賀ノ浦弥太郎碑」(昭和37年8月27日※本名は斉藤弥作。最高位は東前頭筆頭)や「小金崎地区町名改正記念碑」があります。元より臨時休業が多かったので(確か農繁期には営業していなかったような…)、現在も ...
忘れじの弘前中央食品市場
レトロな雰囲気が漂う弘前中央食品市場です。長く弘前市民に親しまれてきましたが、2022年3月31日に惜しまれつつも閉店しました。なお、隣の一戸時計店の時計台はクラウドファンディングが順調で、恐らく今後も存続されると思います。1972(昭和47)年開業の同市場。開業当初 ...
忘れじの惣菜さとう
令和4年6月10日閉店。開業は平成2(1990)年7月。西弘商店街にて33年、若者(学生)の胃袋を満たしてきた弁当店&食堂。安くて大盛りの店。店主の佐藤剛さんは中学卒業後に上京し「青山ユアーズ」の精肉店に勤務、都市開発のために店が取り壊されたことをきっかけに弘前に帰 ...
生寿観世音菩薩 (弘前市清水森 / チビッ子広場)
弘前市清水森村元。清水森入口の大和沢川に架かる中千歳橋。清水森町会入口にある百万遍。この百万遍は昭和30年に弘前市合併を記念して拓道和尚が建立したもの。観音様の御加護を願って子どもたちの遊び場を作る計画でしたが、計画途中で亡くなられたために中途で終わりまし ...















