くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

カテゴリ: 寺・神社 (七戸町)

薬師信仰。平安時代末期の地方作と目される薬師如来像の優品を本尊としていることからかなり古いものと考えられます。南部地方では峯の薬師と当山屋薬師が有名で4月8日の縁日は多くの人々で賑わったといいます。縁日には2粒でも必ず雨が降ると言われ、昔から目くされ祭と呼 ...

盛岡藩領(七戸藩領)、かつての天間林村の榎林村。 村中繁栄のため祀った聖大明神。昭和58年6月15日御棟体改新。鳥居は平成になって再建立。 仮名付帳には花松村の枝村として記されます。明和7年七戸御代官所惣高並村家数書上では、村高282石余、家数61うち本村28 ...

NAMIKIのジェラートを食べながら向かった先は牧場内の馬頭観音堂。ちなみに以前の関連記事と同日ではなく、いずれも別の日に訪れてます。よって1日でたくさんジェラートを食べているわけではありません。 三頭木。 参道。 盛田家が農場経営を開始した明治初期頃に ...

NAMIKIのジェラートを食べながら向かった先は牧場内の稲荷神社。 膝森稲荷大明神。 膝森の蒼前神社競馬が盛んになって盛田家でその育成に意を用いるようになった頃に建てたといいます。 すぐ近くにある有名な馬頭観音堂の由緒には「盛田家の稲荷大明神を移築するま ...

市ノ渡のバス停横に鎮座。 鎮守の森に囲まれています。 由緒はわかりませんでしたが、御祭神は木花之佐久夜毘売(※漢字は色々あります)かと思われます。鳥居には「木之花咲屋姫尊」。神社名というか…神名です。 社殿。 丸い窓がオシャレです。 社殿内。 ...

工藤の功績を顕彰し、工藤家農会の事務所であり、工藤が起居した田家(作業小屋)のあった荒屋平・一の森に、工藤の象徴であった長いひげにちなんで「ひげ塚公園」を設立。公園入口の門柱裏に「此のひげ塚公園用地約七反歩は、荒屋平土地改良区創立初代理事長工藤正六氏が ...

一の鳥居の注連縄。 何がぶら下がっているんでしょう。一つは短剣に見えますが。 参道。 この高台は大池館遺跡となっています。 七戸町史に『大池の八幡宮は若宮八幡宮である。三間に四聞の入母屋つくりのトタン葺で、正面の扉・羽目板は硝子の格子戸に ...

七戸町和田下にあった神社。 御神木に囲まれて、そこそこ立派な建物ですが何かはわからず。社殿内は神仏混淆な雰囲気。この付近では蒼前様が多いのですが果たして…。七戸町町史に「和田の勢至観音と秋葉山大権現のほぼ中間地点にオデンマ様の神社がある。二面四面の建物で ...

七面大明神。七面大明神(七面天女)は法華経の護法神。 裏には紀年銘「入殖記念昭和21年4月●日(●=注連縄で見えず)」及び数名の名前がありました。 鳥居に対して横向きの社殿。 額束に大澤神社とありました。 中は大変綺麗にされています。 中央には ...

訪れたのはGW後半。見頃はまだまだ先のようで、3~5分咲きでした。 開花状況は新聞を読んで分かっていたんですけど、近くを通ったので訪問してみました。 うん…近くで見ると全然まだまだな感じ(笑)でも思っていたよりは咲いてたかな。 モコモコ感はありませんね。 ...

七戸町二ツ森家ノ下にあります。元々は1つの丘であったかのように中央は切通しになっており、両端の丘の上にそれぞれ社殿が見えます。 1つ目の丘へ上って行きます。 社号標は無く、鳥居にも社殿(施錠)にも神社名が無く、神社名すらわかりません(笑) 部落名をとって ...

2本の大きな御神木が往時の面影を伝えます。 馬頭観音を祀っています。御祭神は保食神。 大正5年に盛田信家の先代によって建立と伝わりますが、それ以前より小祠の形で蒼前神が祀られていました。鎮座地は蒼前といいますが、この町名は古くから種つけ場であったことに由 ...

国指定史跡二ツ森貝塚の史跡指定範囲のギリギリ外に鎮座。道路から見ると完全に後ろ向きです。 ってことで… 階段降り… ぐるりと180度反転して… 社殿正面へ。 由緒等はわかりませんでした。 春日神社には一般的に藤原氏(中臣氏)の守護神である武甕槌命と経津主命 ...

金鶏山橋を渡ります。 観音堂入口前には「伴治」と掲げられたやや趣のある建物と見町農村公園があります。 見町農村公園前の絵馬の里の碑の裏面には、『正面の絵馬は、見町観音堂に奉納された「南部小絵馬」を表現したものです。本地域には青森県有形文化財指定の見町観 ...

御祭神は大山祇命、保食神。慶長9年4月2日建立。 文化9年申7月、新山別当の書上げた報告書によりますと「新山権現堂 慶長九年四月 七戸直勝公御建立」となっており、再興については「御再興 延宝二年春 重信公御代 当時御普請左之通 一.御本社 一.御鳥居 右は御上御普 ...

花松神社の境内・花松神社向かい(宮司自宅隣)にあります。 鳥居をくぐって裏側に回ります。 正面。 石灯籠はほぼ崩壊していますが、紀年銘は残されています。天明元年かな。結構古いものですね。 馬頭観世音(花松観音堂)。 手水鉢。 大きな布袋様。両脇には小さな ...

花松神社由緒…『慶長2年の建立で、宝暦年間の御領分社堂に「小川目花村観音堂二間三間本山派別当三光」とあり、寛政年間の「邦内郷村志」に「観音別当秀光十三石五斗給分」とある。当社の前身は観音堂で馬頭観音を祀り祭祀していたが、天明の大飢饉に農耕・食物・家畜の守 ...

御祭神は菅原道真公。 決して大きい神社ではありませんが、現在でも学問の神様として地元住民の崇敬が大変篤いようで、たくさんの絵馬がありました。 特に地元町内会の川友会では毎年受験合格祈願祭を行っているようで、合格パンなるものが振る舞われるそう。御縁日 ...

御祭神は高おかみ神。 創建不詳。 青森県神社HPによりますと、『里人は村名天間舘と呼び旧より祭るにより神名を負せたるなりと云う、北は天間と伝る村名ありて神社を後に建立し、村名に唱祀なるべし、此例他村に多くあり。天間舘村の伝承として「此村の西、北の側は蝦夷の ...

千曳神社参道への案内板・標柱などが四方八方至るところに立っています。 旧奥州街道の間道から向かうと追分石がありました。 「千曳神社 右千曳岩 左野辺地」とあります。紀年銘は弘化紀乙巳年(2年)6月15日。 案内板より…『奥州街道追分石。奥州街道には幾つか ...

由緒等はわかりませんでしたが、七戸町にたくさんある蒼前信仰の社です。 鎮守の森に囲まれ、社号標もあり、歴史と崇敬の篤さを伺えます。 拝殿はありません。 祠の中には大小の馬が2頭安置されています。 ...

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