くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

カテゴリ:寺・神社 (つがる市) > 寺・神社 (旧森田村)

上相野高皇産霊神社。※社号標紀年銘:昭和27年6月18日(奈良金十郎建立)。 青森県つがる市森田町上相野。かつての上相野村。 享保16年検地帳には宮本宇門抱えの観音堂2畝18歩と下々畑7畝12歩が記され、安政2年神社書上帳には創立年月日不詳で元禄7年再建とあります。 ...

つがる市柏との境にあった鳥居です。住所はつがる市森田町上相野若緑。県道154号線沿い。かつての上相野村南端。とても綺麗に整備されています。 不動明王等の石仏があり… 奥には庚申塔2基、二十三夜塔、馬頭観音碑の計4基が並べられていました。 ...

杉ノ沢溜池の近く。 境内は森といった感じです。 入口付近にあった石。 よーく見ると馬らしきものが彫られています。境内社の馬頭観音です。 境内にあった創建参百四拾年記念碑(平成7年8月6日建立)。 庚申塔。 拝殿。 明暦元年創建。御祭神は倉 ...

かつての大館村。 大館集会所隣。 寛文12年(1672)に狄ヶ館溜池の池堤工事が行われており、この頃に当地の開田が進められたと思われますが、開村時期は不詳。 御祭神は保食神。 創建年月日は不詳。 元文元年検地帳に平間治太夫抱えの下々畑20歩の観音堂 ...

御祭神は倉稲魂命。 柴田バイパス沿い。木造柴田との境目ほどに位置します。 由緒等は不明です。 かなり小さな狛犬一対。 阿形はほとんど原型を留めていません。 ブログ村ランキング参加中 ...

かつての大館村。 寛文12年(1672)に狄ヶ館溜池の池堤工事が行われており、この頃に当地の開田が進められたと思われますが、開村時期は不詳。 由緒は不明。 狛犬等もなくコンクリートブロック造の社殿があるのみです。 かろうじてこの石碑で稲荷神社だとわか ...

漆館村は岩木山北麓寄りにあります。 安政2年神社書上帳によりますと、地内に八幡宮と正一位稲荷宮があり、いずれも天和3年3月15日漆館村中により建立と伝えます。 なお、漆館跡は当八幡宮付近にあったと考えられています。 御祭神は誉田別尊・倉稲魂命。 森田村々会議 ...

六沢溜池の畔にひっそりとあります。元は田吉村と称していましたが、慶長9年に山崎金三郎が広須(柏村)から移住開拓して山崎村と称し、享保12年に田吉村などを合わせて山崎・田吉の両村名から山田村と称しました。 六沢溜池の西北岸には縄文晩期の山田遺跡があり、多くの ...

寛政8年(1796)7月に菅江真澄が訪れています。 『外浜奇勝』には「森田の村ざかいにきて、石をならべて坂をつくってあるところをはるばるとのぼって、薬師仏をまつった堂に行った。むかし、探題某という人が大きな石を背負ってきて、仏として崇めたのがはじめであろうと ...

古くは床舞村、床前村、徳舞村などと呼ばれ、慶長年間(1596-1615)、弘前市禅林街の石神山勝岳院(天正14年(1586)創立)が床舞村より移されたことを考えますと、古くから開村されていたことが伺えます。ちなみに石神山の山号は寺の鎮守である八幡宮の御神体が石であった ...

森田町の2つの地区の水虎様を紹介します。 まずは吉野の水虎様です。 陸軍慰霊碑。 お次は少し離れて大館の戸和田神社。 戸和田神社なので、水神龍神十和田信仰であると考えられます。石版刻字型です。 ブログ村ランキング参加中←クリック宜しくお願いします♪ ...

中田の水虎様です。近くには陸軍歩兵の彰功碑があり、鳥居の先には庚申塔が並べられております。 その裏手の小屋みたいな建物内に2体祀られています。 どちらもこれまでに見たことがないタイプ! こちらも見たことのないタイプだ!(笑) ブログ村ランキング参加中 ...

元々は鳥居があったのでしょうね。 6月が身頃だと思ったのですが…いまいちでした(笑) 尊殿堂三本藤の由来。 「そもそも尊殿堂三本藤の由来を尋ねみるに、天正ははじめの頃(昭和53年から約400年位前)津軽藩祖為信公が新田開発の志をいただき御巡視のため現在の妙堂 ...

御祭神は罔象女命(みつはのめのみこと)でしょう。※古事記では弥都波能売神。水波能売命とも表記されます。罔象女命は水の神・井戸神。 由緒等はわかりませんが、ミヅハは灌漑の引き水のことともされ、この近郊の農業に強く関連しているものと思われます。 小さな ...

御祭神は誉田別尊、高皇産霊神、倉稲魂命、如意輪観世音菩薩。 高城八幡宮の鳥居前に「弥三郎節の碑」が建っていました。 下相野は寛文2年(1662年)、板屋野木村の嘉右衛門により開田され、その後、越前国から移住した盛作右衛門により発展していきました。 この盛作 ...

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