くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

カテゴリ: 寺・神社 (深浦町)

驫木村の産土神として崇敬されている熊野宮。 御祭神は伊邪那岐命、伊邪那美命。 勧請年月日不詳。 延宝5年(1677)村中再建。 明治6年村社。 本殿。 狛犬一対。 拝殿の蟇股(彫刻師中村隆造)。 昭和35年8月部落一同奉納。 木鼻。 疱 ...

風合瀬の宝龍権現です。 御祭神は海津見命、大国魂命、保食神。 創建年月日は不詳。安政2年神社書上帳にその名が見えます。 風合瀬の部落ができた頃には既に存在していたと伝え、相当古いものであると言われています。 また同地区にある稲荷神社はここから遷されたも ...

御祭神は伊邪那岐神、伊邪那美神。 貞享4年検地水帳に熊野堂地がみえます。この附近は玉川館跡地(工藤氏)のようです。 寛永年中(1624-1642)、村中安全のために建立と伝えます。※青森県神社庁HPによりますと草創不詳。破損の際にはその都度村中にて再建。 国誌により ...

地図では愛宕神社となっていました。俗称愛宕様として親しまれているようです。岡町の産土神。御仮屋(無為館松嵐)の近くです。 御祭神は軻遇突智命。寛文2年(1662)もしくは延宝4年(1676)村中にて勧請。貞享4年検地水帳によりますと、荘厳寺屋敷、宝泉寺屋敷、浄念寺 ...

森山村集落は森山館の北側崖下から北に海岸に沿って発達。西側は海に面しています。 場所は民宿「汐ヶ島」の裏手になります。この汐ヶ島は美味しい料理と店主のおもてなしにより、大変評判が良く、大人気の民宿となっているようです。いいなぁ~泊まりたいなぁ~。 さて、 ...

関連記事 『御仮屋(無為館松嵐)・廣田家住宅・元若狭屋竹越里圭家他(深浦町)』 『下口稲荷神社 ・ 留土坂 & 新坂 (深浦町)』 こちらが通称新町稲荷かな。違っていたらすいません。御祭神は倉稲魂神・保食神。 御仮屋のすぐ近くに鎮座しております。 向拝下の蜘蛛 ...

御祭神は月夜見命。創建年月日不詳。 かつての艫村で、安政2年神社書上帳によりますと寛文元年(1661)再建の月山権現(月屋村艫作権現宮社地)が地内清滝にあります。 同社は延宝年間(1673-1681)村中再建とも伝え、現在の社地とは違う場所に鎮座していたようです ...

一之鳥居横にある案内看板より…『奈良県生駒郡三郷町立野に鎮座する龍田大社は、天御柱命・国御柱命二神を祀る。大和盆地に吹き込む西風の入口にあたる龍田の地に、竜巻の旋風を天地間の柱と見立てた風の神を祀って、農作物の風害がないことを祈ったものである。田野沢の龍 ...

松神村は元和年間には開村していたと考えられる村。自然に囲まれた神社です。 カラスザンショウ(ミカン科イヌザンショウ属)の林『カラスザンショウは、本来ヤブツバキクラス域の先駆植物として、伐採跡地や野火跡など自然が一度破壊されたところに他の樹種より先に侵入 ...

大間越街道沿い、驫木郵便局の向かいにあった馬頭観音堂です。 馬頭観音堂からは少し離れた場所ですが、遠く田園の向こうに小さな鳥居が見えたので向かってみました。 鳥居をくぐって少し登った場所にあったのは… 竹越元次郎之像(昭和30年旧8月1日竹越貞次郎建立)! ...

鳥居横にある菅江真澄の道。 『寛政8年(1796)7月16日、真澄は「海榴(椿)崎や見なん」(「外ヶ浜奇勝」)と出かけ、その途中にこのお宮に参拝した。「新山権現とてほくらあるに ぬさとりたいまつ」ったとあるが、正しくは「深山」で真澄が男鹿の真山神社の「シンザン」 ...

何度も訪れている十二湖。 久々に行って来ました。 同じ日でも時間帯によって青の濃淡がかなり変化します。 大町桂月句碑…『山の中 三十三湖 落葉かな』。以前の記事でも言った気がしますが、十二湖には実は33個の湖沼があります。※大崩から展望すると十二の湖沼が見 ...

神社かと思ったら不動の滝でした。 鳥居横の石仏。「修験道・行者信仰の理念、世界平和、国家安泰、萬物萬象の立命祈願。修験節律根本道場 大和国 大峰蛇之倉七尾山」とありました。 徒歩11分と書かれていましたが、道も整備されており、勾配もさほどないので意外に早く着 ...

森山海岸。 延命地蔵。 延命地蔵・賽の河原の由来…『今より千百年余りの昔の事このガンガラ穴には海賊が住み、民家の人達は近寄る事ができませんでした。そこで下北の恐山や金木の川倉地蔵の地に錫杖をついた慈覚大師がこの森山賽の河原にも錫杖をつきました。神の教え ...

北金ヶ沢村は海岸沿いに形成された深浦台地上に発達し、南は白神山地に続き、北は日本海に面しています。 集落西側の字塩見形にある塩見形1号遺跡は縄文後期の土器、同2号遺跡は縄文晩期の土器・石器・土偶・玉類などが出土しています。 薬師堂。 地蔵堂。 稲荷堂。 ...

御祭神は誉田別尊。 元和元年(1615)勧請。 慶安元年(1648)村中にて再建。 関の産土神として崇敬されています。 社殿の柱が薄紅色。 本殿。 拝殿内。天明3年(1783)6月に加賀河北の甘夢を中心に鯵ヶ沢の化石らと舞戸の晩杏らが八幡宮に集まって句会をした際に奉 ...

旧岩崎街道に沿う高台上にあります。案内看板より…『東・西・北の三方が急崖に囲まれた丘陵上に築かれた中世の山城。城の主な構造は二つの主郭、南側の幅約50mにも及ぶ大規模な五重の空堀、腰郭などからなる。嘉吉3年(1443)南部氏に敗れた安藤氏は十三湊を廃棄した後に ...

樹齢1000年以上と伝えます。幹周22m、樹高31.5mで、幹周りは国内最大。 周囲の家と比較すれば大きさがわかると思います。膨張色の黄色に色付けばより大きく見えるんですけどね。 11月になるとライトアップなどもされて、カメラマンが集まる人気スポット。 そんな季節に ...

景色を見ようと、横磯の海岸沿いへ行きました。 うん?神社がありますね。 下までは降りれるのですが、あそこにはどうやって登るのかな。この位置からはよくわからなかったので行きませんでした。高所恐怖症ですし。 立地的に弁天宮かと思ったのですが、地図を見たら神明 ...

深浦駅近くの踏切を渡った正面の坂道です。 地図には留土坂とあります。 車は通れませんが岡町のメインストリートへ行くには大変便利な坂。 見晴らしもいいですねぇ♪ 日光のいろは坂のように上るので勾配はあまり感じず体力的にも楽です。 坂上付近には岡町の稲 ...

関連記事 「曹洞宗 深浦山 宝泉寺 (深浦町)」 亀井山荘厳寺。 浄土宗で本尊は阿弥陀仏。 享和3年(1803)の寺社領分限帳によりますと、元々は転入山と号し、寛永9年(1632)の創立で良蒙が開山。新撰陸奥国誌では、亀井山と号し永禄元年(1558)廓存の草創とあります。 ...

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