くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

カテゴリ: 寺・神社 (深浦町)

吾妻沢。 かなりわかりにくい場所にあります。 少なくとも私は近くで農作業されている方にお聞きしてようやく辿り着きました。親切にありがとうございます。ちなみに個人の敷地になります。 最初は歩けど歩けど場所がわからず…途方に暮れて…ふとしゃがみ込んだら、周囲 ...

千畳敷海岸。青森県西津軽郡深浦町にある海岸。津軽国定公園。地名をとって深浦千畳敷ともいいます。 昭和49年に深浦町指定記念物(名勝)に指定。昭和50年に津軽国定公園(東津軽郡外ヶ浜町から西津軽郡深浦町まで約180km、25966㌶)、平成10年に環境省による「日本の水浴 ...

以前の記事:『真言宗 醍醐派 春光山 円覚寺(深浦町・澗口観音)』 関連記事:『西浜街道(大間越街道・深浦町)』 関連記事:『見入山観音堂(大悲閣・深浦町追良瀬)』 坂上田村麻呂が安置したと伝えられる御本尊御開帳に行ってきました。立石寺(山寺)の御開帳以来で ...

風合瀬いか焼き村(道の駅ふかうら)の場所にあります。 案内板…鳥居崎(昭和49年8月16日町指定名勝)『弁天島、大島など幾つかの岩礁から形成されており、弁天島には弁財天をまつる祠が建立されています。この鳥居崎という地名は、弁天島に鳥が休んでいるような形状の島 ...

北金ヶ沢村は海岸沿いに形成された深浦台地上に発達し、南は白神山地に続き、北は日本海に面しています。 胸肩神社のすぐ先は海(弁天崎)です。 御祭神は市杵島姫命(弁天様)。 創建は不詳ですが、金ヶ沢の弁天様として漁師から崇敬されてきました。 平行して隣の鳥 ...

広戸村集落は海岸沿いに沿って形成された深浦台地上に発達。弘前藩の参勤交代に使われた西浜街道が南西に通っています。 海岸沿いの高台に鎮座。 御祭神は武甕槌命。 宝永3年(1706)村中にて建立(もしくは再建)。 明治以前には毘沙門宮と称しており、明治6年の神 ...

参道は線路を横切らなければなりません。 青森市鶴ヶ坂の保食神社や弘前市大清水の稲荷神社もそうでしたが、必ず線路横断禁止の看板がありますね。 しかし線路を横切らないと行けません。 線路を渡って振り返ると一之鳥居の向こうには海が見えます。 御祭神は伊邪那岐 ...

天和年間には柳田・江沢・桜沢・桜沢地子新田の4ヶ村の総称を柳田村と呼んだそうです。 参道。 線路を渡ります。 貞享4年検地水帳によりますと、地蔵堂地と熊野堂地が見えます。 御祭神は別雷神。 万治2年(1659)勧請。年代的にはかつての地蔵堂と考 ...

御祭神は迦具土神(軻遇突智命)。 創建年月日不詳。 明治6年村社。 晴山の産土神として崇敬されています。 狛犬一対。 本殿。 ブログ村ランキング参加中 ...

かつての岩坂村で、天和年間における岩坂村は大童子・岩坂新田・石動の3ヶ村の総称でした。 御祭神は伊邪那岐神、伊邪那美神、保食神、大山祗命。 享保3年(1713)再建の稲荷神社(大童子)が、元和2年(1616)勧請・元禄12年再建(1699)の熊野宮(石動)と山神 ...

花崗岩の石鳥居は寛政10年(1798)の紀年銘があり、「當所願主堀内弥五右衛門七戸宗兵衛 寄進取次世話人越後屋庄右衛門大阪堺屋五郎兵衛」とあります。 岩崎のタブノキ。 関のタブノキより南に位置しますが、神社周辺に30数本の植生が確認されることから、自生の北 ...

小島のような高台の上に鎮座。 御祭神は神直日命(神直毘命)、大直日命(大直毘命)、大名持命(大国主命)、少彦名命(少名毘古那命)。 慶長2年(1597)村中にて建立。 明治以前までは大宝宮と称しており、明治6年の神仏分離にて改称。 更に塩見崎にあっ ...

深浦町久田。御祭神は高皇産霊命、誉田別尊。 天和元年(1681)に笹森勘解由左衛門(奉行)が久田開田の際に建立と伝えますが、実際はもっと早く創建されたと考えられているそうです。 久田村の開拓は非常に難工事であり、また開拓民の多くは出羽国村山郡より来たと伝えま ...

深浦町沢辺というより、合併前の岩崎村沢辺の方がしっくりきますね。 参道。 この鳥居はかなり小さめ。子どもサイズ。 小さな鳥居をくぐって階段を上れば到着。 かつての沢辺村。貞享4年検地水帳によりますと、除地として稲荷社がみえます。 集落は海岸沿いの平地に ...

岡崎海岸夕陽展望台の場所になります。 港の一本杭案内板…『ここから沖合い300m先にある杭は一本杭と呼ばれ、帆船時代に船が湾内で安全に航行し、係留するために使用された。入港時は一番杭で帆を降ろし、二番杭、三番杭へと順に綱をかけ替えて徐々に船を港に近付け、出 ...

高台にあります。 天和年間頃の田野沢村は山手にあり、本田野沢村と田野沢新田からなり、後に海岸通りに移って1村となります。塩釜が2ヶ所あり、製塩が行われていました。 御祭神は宇迦之御魂命。 創建不詳。宝暦10年(1760)村中にて再建。 明治初年に地内成瀬の竜田 ...

参道途中に踏切があります。 気をつけて渡りましょう。 一之鳥居の近くにあった石。 手水舎。 海が見えますね。 石鳥居をくぐり… 石段を登って行きます。 勾配はありますが距離はさほどないので楽勝です。 鳥居が多いですね。 御祭 ...

貞享4年検地水帳によりますと、神明社地・弁才天堂地・観音堂地・八幡社地・毘沙門堂地・愛宕堂地がみえます。 国誌によりますと字浜野に武甕槌神社に相殿として胸肩神が見えることから、一時武甕槌神社に合祀されていたようです。 岩崎弁天島には明治29年から昭和47年ま ...

風合瀬村は風合瀬・晴山・柳萢・館・野中・新左衛門新田の6ヶ村の総称であったと言われ、風合瀬以下の5ヶ村は枝村でした。 御祭神は宇迦之御魂命、保食命、猿田彦命、大宮能売命。 農業の神、道案内の神(庚申様)猿田彦命を祀っています。 元和4年(1618)村中にて勧請 ...

驫木村の産土神として崇敬されている熊野宮。 御祭神は伊邪那岐命、伊邪那美命。 勧請年月日不詳。 延宝5年(1677)村中再建。 明治6年村社。 本殿。 狛犬一対。 拝殿の蟇股(彫刻師中村隆造)。 昭和35年8月部落一同奉納。 木鼻。 疱 ...

風合瀬の宝龍権現です。 御祭神は海津見命、大国魂命、保食神。 創建年月日は不詳。安政2年神社書上帳にその名が見えます。 風合瀬の部落ができた頃には既に存在していたと伝え、相当古いものであると言われています。 また同地区にある稲荷神社はここから遷されたも ...

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