くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

カテゴリ:寺・神社 (平川市) > 寺・神社 (旧平賀町)

平川市本町富岡。大光寺種元との境くらいに鎮座。参道入口には鳥居ではなく屋根付の門があります。資料によりますと「参道入口は道路沿いを流れる堰をこえたところに屋根のついた高い門があって、ここから住宅に挟まれた参道を百㍍ほど行くと、右側に大正三年三月十四日、御 ...

平川市館山。板橋・上扇田・井ノ上の境ほど。御由緒略記…『舘山神明宮所在地を守山と明記してあり大浦為信の旗上げ当時には既に守山神明宮を本陣として、天正3年大浦勢正月元日第二次大光寺城を攻め、落城の際に大浦為信が本陣を構えて指揮したという史実から推して見ても古 ...

平川市大光寺四滝本。社号標「保食神社」(明治38年7月17日領主小山内長九郎、石工斉藤才次郎)「津軽靈所第三十番大光寺観世音菩薩」(昭和36年7月17日建之)参道。一の鳥居寄進者芳名碑。参道灯籠一対。「文久3癸亥年4月吉日 薬師堂對馬安右エ門 白取七郎兵衛」・「信者講 ...

平川市沖館宮崎。津軽SA(下り)に車で行ける場所(セブンイレブン津軽SA下り店)がありますが、そこの近くです。もちろんSAには行きません。SA入口をそのまま素通りした先です。周囲はリンゴ畑。鳥海山神社はちょっとした高台の頂上に鎮座。この高台が鳥海山とのこ ...

平川市尾崎木戸口。白岩森林公園に向かう途中にあります。尾崎部落から白岩に向かう道路の左側、通称木戸口沢。場所はとてもわかりにくいと思います。目印となるものも無く説明もできません。写真で判断して下さい。参道は一応アスファルト舗装された道です。但し途中からは ...

平川市尾崎浅井。延暦年間、田村磨将軍東征の折、当地に寄って熊野権現を祀って社殿を建立。後に尾崎三郎右衛門(尾崎喜蔵)が領主となり社領を付して社殿建立。寛永年間、津軽三代藩主信義公が鷹狩の折、当社へ参詣の記録を残します。安永5年、代官一戸半右衛門が津軽越中守 ...

青森県平川市広船山下。旧広船村西部。広船観音堂の西方。入口には「金森山・南無妙法蓮華経」と刻まれた石碑(昭和38年2月19日・外川繁太郎、小笠原政次建立)がありました。目印はこの石碑になります。詳細な場所についてはネット等でも一切紹介されておらずちょっと大変で ...

『広船神社(平川市)』からの続きです。五輪塔。日露戦後記念碑(陸軍大将従二位勲一等功三級子爵児玉源太郎)。除厄記念碑(62歳・42歳・33歳、昭和49年7月17日)。令和元年7月に33年ぶり(昭和61年以来)の御開帳だった広船観音堂。津軽二十八番霊場千手観世音菩薩(昭和4 ...

津軽三十三観音霊場第28番札所(札所本尊:千手観音像。御詠歌:世の人を洩らさで乗する広船の誓いは深し法の山川)。広船村氏神。御祭神は須佐之男命。新撰国誌には八坂神社とありますが、明治初年の神仏仕分の時に八坂神社として認可され、その後広船神社と改称し、明治11 ...

平川市町居の熊野宮。鳥居の額束神額は注連縄(令和2年旧1月15日奉納・古賀川町会一同敬白)と同じ素材を使い、畳のような感じで作られていました。入口にある杉は夫婦杉と呼ばれ、言い伝えによりますと江戸中期の頃、庄屋某が子どものないのを歎いて神社に祈願。その満願の ...

青森県平川市柏木町柳田。鬼コのいる神社。久々にここの鬼コを拝みに行ったのですが…銀杏強烈!無理無理。食べるのは好きですが、匂いは苦手です。ってことで入口で退散。君たちは平気なのね。過去の記事『八幡宮 (平川市柏木町)』『八幡宮(平川市柏木町):鬼コ』  ...

津軽忠臣之碑を目指します。目印はこの手書き看板(津軽忠臣之碑(六羽川の戦い)五百米先・右側)のみ。住所的は平川市高畑高田。 しばらく歩いて行くと途中に彌佐堰工事記念碑がありました。 竣工昭和27年5月1日。結構古いものですね。 彌佐堰工事記念碑の少し先を右に ...

地図に鳥居マークがあったので訪れてみたら小さな祠があるのみでした。 中には八大龍王立像があります。 水の恵みに感謝をし、温泉入って帰ります。 ...

新館八幡宮の近くです。墓所があり、その向かいに釈迦堂という建物がありました。新館八幡宮の記事も参照ください。竹館村誌には「延暦年中田村磨将軍東夷征伐の時、夷を仏教にて教化せんとして釈迦堂を建立した。この跡は今釈迦堂屋敷、また釈迦堂沢とよんでいる。」とあり ...

神明宮といえば…弘前市下湯口の神明宮のアクセスが増えています…巖鬼山神社も…アニメ「ふらいんぐうぃっち」の人気恐るべし!笑 さて、こちらは平川市高畑の神明宮。再訪です。由緒等は以前の記事を参照してください。「高畑城跡・高畑神明宮 (平川市高畑)」 境内入口 ...

かつての尾崎村。北西に新屋村、西に町井村、東南に広船村、東に木戸口沢に向かう道が通い、北は崖や河川跡の窪地も残る複雑な地形の水田、西と南は浅井川と崖の切通しを越え水田が広がり、東は奥深い山地。国誌によりますと「東は山に倚り西に平田あり。筵を織るを産業とす ...

かつての町井村(町居村)で、貞享4年検地水帳によりますと、高宮太夫抱えの熊野堂地、蔵王堂地の他、村抱えの地蔵堂地がみえます。熊野堂は字山下の熊野宮(二柱神社)。蔵王権現堂は明治の神仏分離の際に堂宇取壊しのうえ熊野宮に合祀。地蔵堂は神仏分離の際に愛宕神社と ...

再訪しました。 詳細は前回の記事を参照してください。 前回の記事:「尾崎八幡宮 (浅井八幡宮)・尾崎城址 (平川市)」 手水舎。 社殿。 本殿。 土俵。 観音堂など。 末社。 手水鉢。 不明の碑。 末社の横の建物。 忠魂碑、太鼓橋等寄附人名碑。 境 ...

温川山荘(平成26年8月20日閉館・平成29年10月営業再開)を過ぎて少し行くとぬる川のバス停があります。そこに車を停めて渓流沿いに歩いて行きます。 川の向こうに本殿が見えました。 鉄橋(湯川橋)。 湯川橋は昭和39年9月5日竣功。 私の体重には耐えれそうです。 ...

御祭神は宇賀御魂神、大宮乃女命、猿田彦太神。例祭6月10日。参道には、両部鳥居、社号標「稲荷神社」(明治34年旧2月10日、願主古川清三郎敬白)、庚申塔(寛政10年6月17日)、朱塗木造鳥居、倉庫(ブロック造)、朱塗木造鳥居三宇、御神灯一対(昭和5年7月10日古川金次郎 ...

葛川館跡標柱。 『築城年代、城主は不明。郭の三方は断崖で、南側の台地続きを堀で切断した一郭の館跡である。神明宮境内になっている郭内に、関ヶ原合戦に西軍の武将であった大谷刑部吉継の子と、越後の武将上杉景勝の重臣直江山城守の弟が植えたという伝説をもつ樹齢300 ...

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