くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

カテゴリ: 寺・神社 (藤崎町)

車1台は通ることができる幅ですが、農家の方々の車にご迷惑をかける可能性がありますので、福舘公民館が面している通り沿いに設置された案内板から、田んぼに囲まれた道を歩いて行くことにしました。案内板によると300m。 案内板「赤沼」…『福舘の枝村福野田(今はない) ...

藤崎町福舘前田。由緒等は以前の記事も参照ください。 以前の記事『稲荷神社 (藤崎町福舘)』 大変立派な注連縄が偶然目に留まり2度目の参拝。 社号標(大正4年8月10日・村中建立)。 藤崎町福舘。延宝3年(もしくは同5年)建立。 幕末と明治の庚申塔。 石灯篭一対( ...

南津軽郡藤崎町常盤。社号標の上部の「常盤」は以前「村社」だったんでしょうね。 石燈籠寄附者名碑。 常盤八幡宮年縄奉納行事標柱。標柱の内容及び常盤八幡宮由緒等は以前の記事を参照ください。 以前の記事『常盤八幡宮 (年縄奉納裸祭り / 藤崎町常盤五宮本)』 さ ...

大字中野目字東早稲田。中野目集落の西方。 馬頭観音を祀る惣染宮です。 社号標(昭和36年9月17日)には「馬頭觀世音庚申塚」とあります。 貞享4年検地水帳によりますと、除地として観音堂地12歩(3間×4間)あり(堂宇なし)。神職長利太夫が勧請して観音を祀ったのが始 ...

大字中野目にある智園寺(ちおんじ)。創立は寛文6年もしくは寛文3年で、寿外庵と呼ばれていました。 開基の萬外澤大和尚については、明確な伝記が伝えられていないものの、雨乞いを行った様子や、人の生死を言い当てるなどの伝説的なエピソードを残している人物です。 ...

貞享4年検地水帳によりますと、除地として観音堂地12歩(堂宇なし)、安政2年神社書上帳には元禄2年創立と伝える惣染堂(中野目の惣染宮)が見えます。当神社については由緒不明。 『藤崎町ふるさとの史跡散歩』にも「大字中野目の裏通り(昔は本通り)に、天岩戸櫻谷 ...

御祭神は木花之佐久夜毘売。例祭日は8月17日。 明和9年(1772)に、毘沙門宮(現鹿島神社)の末社として堂社を建立し、木挽町の産土神として祀ったのが始まり。 昔、毘沙門宮の宮司小笠原円之太夫の祖母が夢の中で神託を受け、土中から金銅の御神体を発見したことから、村 ...

かつての水沼村。東は小阿弥堰より分水する深味堰を境に矢沢村、西は五林村、南は藤越村、北は中野目村に接します。天文年間(1532-1555)の津軽郡中名字には「溝沼」とあります。 御祭神は保食神。 創建は不詳ですが、 延宝年間(1673-1681)に水沼村に観音堂を建立し、 ...

神社入口に大きなイタヤカエデがあります。かつての西中野目村。貞享4年検地水帳には三之太夫抱えの観音堂地4畝余が見えます。 八幡宮は延暦年間(782-806)に坂上田村麻呂の創建した108社の1つであり、古館村・俵升村・中野目村の境にあって正観音を祀ったそう。 こ ...

徳下村は南に東光寺村、西に常盤村、北に徳田村、増館村に接します。 貞享4年検地水帳によりますと、八幡宮と観音堂が記されています。 旧村社八幡宮の御祭神は誉田別命・天照皇大神。 創建は承応2年(1653)。その後大破し、延宝4年(1676)・貞享2年(1685)4月再建。 ...

正保年間(1645-1648)には杭ノ木派、その後開拓者の高木氏にちなみ高木村、貞享3年(1686)から若松村と称しています。 かなり新しい感じです。 狛犬が個性的。 昔の若松村は現在の場所(字森越)と奥羽本線を挟んだ常盤の村落の西側(字安田)の2ヶ所にあり ...

貞享4年検地水帳によりますと、八幡堂地8畝余が見えます。 創建は寛文元年(1661)、寛文12年(1672)、延宝5年(1677)などと云われていますが、寛文元年8月5日に弘寛法印という人により勧請され、寛文12年に御派立頭の戸田七郎兵衛がお堂を建てたというのが定説のようで ...

矢沢村は東は小畑村、西は水沼村、南は藤越村、北は柏木堰村に接しており、村内を羽州街道が通ります。 正八幡宮は、昔はもっと藤越寄りの赤沼の方にあったと伝えられています。御祭神は誉田別命。 新撰陸奥国史によりますと、大同年間(806~810)、坂上田村麻呂 ...

かつての水木村。御祭神は誉田別命。 水木八幡宮は、浪岡の北畠氏の縁者である溝城城の城主の溝城刑部正によって創建されたと伝え、この地に溝城城があった中世の終わり頃には創建されていたとされます。 貞享4年検地水帳によりますと、忠光院抱えの八幡社地20歩が見えま ...

御祭神は少彦名命。 永正17年(1520)、水木(溝城)城主の溝城刑部の家臣である水木村の今市右衛門が薬師堂として勧請したという記録があります。 今市衛門と今次右衛門の2人が、主君の命により用水堰を開削した際、土の中から薬師如来の木像を発見し、それを祀ったそ ...

平川の岸に位置し、江戸時代には神社下流側に藩の年貢米の集積基地(御蔵・役蔵)があり、付近は人馬の往来と米を積み出す船で賑わっていたようです。 『藤崎に築城した安東氏が、藤崎城西の丸のこの地に、館神として祭祀されたもので、創立年月日は不明である。稲荷神社 ...

羽州街道沿いです。藤崎町中島種元。 明治8年(1875)、矢沢の正八幡宮の遥拝所として分離したのが始まりとされています。とはいえ、かなり近いです。 第二次世界大戦前、中島と小畑は「中小(なかこ)」と呼ばれており一つの単位でした。 この八幡宮が中小の神社 ...

坂上田村麻呂が藤の鞭を地にさした場所を藤崎、そこから藤の蔓がのびてできた場所として藤越の名がついたという由来がある場所です。 慶長元年(1596)、現在地よりも東側の字東一本木に堂宇が建立され、藤崎村の毘沙門宮(鹿島神社)の分霊を祀って鎮守とされていました。 ...

榊八幡宮です。 二の鳥居横に地蔵堂。 癒し系の化粧地蔵尊です 結構広い境内です。 小祠が多いですね。 こちらには南無大師遍照金剛とあります。 その隣の祠。 こちらにも仏像。神仏混淆。 更にその横に馬頭観音2基。 オシャレな御神馬。 2 ...

はじめ芦萢中、文禄2年(1593)には水鶏村、天和4年(1684)には水鶏館村と称しています。幕末の床屋手牒に庵寺が見え、これは法政庵を指し、開庵年月日は不詳。この法政庵が正法庵でしょうか。元禄時代(1688-1704)に正法庵をむすんだという説もありますが、いずれにせよ ...

はじめ芦萢中、文禄2年には水鶏村、天和4年には水鶏館村と称しています。 貞享4年検地水帳によりますと、稲荷社地4畝余が見えます。 創建は不詳。 万治年間(1658-1561)に村中にて再建と伝わります。 御祭神は宇賀霊命。 昭和61年発行の常盤村文化財資料Ⅰ神社・仏 ...

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