くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

カテゴリ:寺・神社 (平川市) > 寺・神社 (旧尾上町)

平川市高木原富。真宗大谷派(浄土真宗)尾上山善応寺。御本尊阿弥陀如来。有形文化財書跡「比叡山回峯行発願文壱幅」標柱(昭和63年6月27日平川市建立)…『明治27年5月、正井観順が出家して十六谷に回峯行三千日を発願したが二千五百五十日で五十一歳の生涯を終えた。此の ...

平川市八幡崎宮本。※一之鳥居(昭和51年8月1日、奉納桜田金之助・桜田キヱ・桜田旭 施工工藤建業)江戸期以降の八幡崎村についてです。津軽郡平賀庄のうち。弘前藩領。貞享4年検地水帳によりますと、小字に「高野・宮元・松橋・本宮」があり、反別は田57町余・畑屋敷43町余 ...

平川市尾上栄松。山門。天台宗朝日山浄土寺。御本尊阿弥陀如来。天台宗猿賀山神宮寺末庵。過去帳によりますと、貞享3年、権西上人が創立。代々弘前報恩寺の隠居寺でしたが、明治9年(「南津軽郡是」では明治11年)に25代の小林道源和尚が朝日山浄土寺としての寺号を許可され ...

こちらは以前にも紹介しております猿田彦大神(明治12己卯年3月12日村中)。平川市杉館松橋。『西野曽江の猿田彦大神 (平川市)』稲荷神社は少々わかりにくい場所にあります。先程の猿田彦大神の碑付近から北へ行くとこのような祠があります。その向かいの小道の先に鳥居が ...

平川市金屋上早稲田。金屋山。上の写真は鳥居前から見た岩木山。社号標は「村社大山祇神社」「山神社」。三之鳥居。たぶん四之鳥居跡。五之鳥居。大石さまや山神社の由緒等は以前の記事を参照下さい。山神社跡、深砂権現跡、又兵衛石(現存)については今回も紹介しません。 ...

平川市蓮の花まつりへ。 訪れたのは7月24日。 時期が早かったのか、時間が遅かったのか…時期が早かった感じですね。 見晴ケ池の畔に、今年の春に新聞等で見た「こいこい神社」がありました。 こいこい神社…『壱、白い鯉は恋愛成就。弐、黒い鯉は悩み解消。参、金の ...

清藤氏書院庭園(盛秀園)へ。 清藤家本邸庭園・清藤氏書院庭園・盛秀園…『一.史跡名勝国指定文化財(文部省告示第140号)。一.様式:平庭式、枯山水、観賞式。一.面積:593㎡(約180坪)。清藤家本邸庭園は、書院の南面にある平庭枯山水である。東南隅に滝石組があり、 ...

乳井通(碇ヶ関通)が北東から南西にと縦断しています。また東への山形道、西への猿賀道も交差。集落は十字路を中心に四方へ広がりました。 おく富士。 人気の大十食堂。 明治33年創業。 南の乳井通東側(栄松)には貞享年間に猿賀代官所がありました。宝暦5年再建。 ...

かつての新山村。 手水舎。 狛犬一対。 貞享4年検地水帳によりますと、専太夫抱えの天神社地2畝歩が見えます。 祭日は7月25日。享和3年の寺社領分限帳によりますと字岡部の天神社は延宝2年(1674)に開拓者岩崎庄左衛門の創建。また、安政2年の藩庁への報告では天満 ...

創建等は不詳。御祭神は倉稲魂神。祭日は旧暦6月10日(現在7月10日)。 かつての長田村で貞享4年検地水帳に村抱え稲荷社地1畝余がみえます。杉館通り通称「古宮」に往古稲荷堂が鎮座していた場所が現在の産土神である当社の前身。 明治6年に杉館村八幡宮の相殿になります ...

御祭神は闇おかみ神・綿津見神。十和田様と呼ばれ、三ツ目内系であるといいます。 元々は千手観音を祀っていました。津軽史事典によりますと大光寺組新屋町観音宮とあります。 貞享4年検地水帳によりますと藤五郎抱えの観音堂地6畝余があります。 この観音堂が当貴船神社 ...

平川市李平字上安原。貞享4年検地水帳によりますと、村抱えの観音堂地2畝余があります。永正2年(1505)浅石城主7代目千徳左衛門政久の家臣である天内治右衛門が社殿を建立して馬頭観音を勧請(李平神社の南側が馬場。※永正5年とも。これ以前の李平村は浅瀬石城の一部であ ...

平成25年(2013)に行われた新鳥居の竣工式の際に、取り壊した古い鳥居から台輪に「明應4年(1495)」と記されているのが発見されました。その後の調査結果は未だにわかりませんが、神社の由緒に係る重要な発見です。 御祭神は大國主神、経津主神、事代主神、天鈿女神、 ...

御本尊は不動明王(ほかに文殊菩薩)。 卯年の一代さま。 津軽弘法大師霊場第21番札所。 初代住職蒔田照正僧正の夢の中に龍に乗った白髪の老人が現れて、「赤倉の地にお堂を建てよ」と告げられ、赤倉の地に一代堂(昭和35年)、大師堂(昭和40年)を建立。金剛寺本堂は ...

かつての蒲田村。 かつて拝殿右側に大木がありましたが台風で倒れたとのこと。当社の創建及び由緒等は不明ですが、延宝時代の記録あり。御祭神は倉稲魂神。祭日旧6月10日(現7月10日)。 貞享4年(1687)検地水帳によりますと、専太夫抱えの稲荷社(拾四間・拾三間・六 ...

御祭神は天照皇大神、譽田別尊、天児屋根命。相殿神に大己貴神、少彦名神。 鳥居の水色の個性的な鬼コがいる神社です。 境内の周囲には用水堰が流れています。 草創の年月日は不詳。 古くより中津軽郡和徳村俵元の高山治助氏邸内に祀られ、 明治13年5月8日に許可を得て ...

「山神社(大山祗神社・平川市金屋)」の記事はこちら。 今回は先日紹介しました山神社の更に奥にある大石神を目指します。地図で行けば水色&黄色のルートになります。水色の道も存在しましたが、どうやら緑のようなルートも存在し、最も近いのは本殿裏手からのルートかと ...

今回は冒険心を高めるため、少し古い地図だけを手にして、先日紹介した南田中の熊野宮から山神社(金屋の産土神、金屋字上早稲田)を目指してみました。 南田中の熊野宮の記事:『熊野宮 & 田中館 (平川市南田中)』 青いルートを見れば「ただ真っ直ぐ行けばいいだけじゃ ...

南田中字村内。かつての田中村。 天正8年(1580)に津軽藩祖為信の臣で太郎五郎吉祥の子田中惣右衛門宗久の領地となり居館が置かれたことにちなむ地名。 宗久は新屋村にも知行地を持っていたために、本田中村とも称したといいます。 田中館跡地は現在の熊野宮境内で ...

尾上町八幡崎は田圃を隔てて北に新山村、東に猿賀村、南に杉館村、西に日沼村、北西に蒲田村があります。 この地区は史跡八幡崎遺跡があり、その上に鎮座。 集落西端の宮本にある旧村社八幡宮は誉田別命を祭神とし、享和3年(1803)の寺社領分限帳によりますと、大同2年 ...

さてさて、猿賀神社探索シリーズの最後です(笑) 「猿賀石は旧猿賀字石林39番地から明治36年に移されたもので、古代人の巨石崇拝の遺物であると推定され、元あった場所は古代人の斎場遺跡と考えられ、猿賀・石林の地名もこれから起こった。丑石は字明堂238番2号地の丑盛から ...

↑このページのトップヘ