くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

カテゴリ:寺・神社 (弘前市) > 寺・神社 (旧相馬村)

弘前市水木在家字岩浪沢。旧中津軽郡相馬村。当記事で紹介する場所は推定です。皆様からの情報を得るべく『見つけることができない青森県内の神社』という記事にて情報を募ったものの結局わかりませんでした。私が数年前に頂いた情報としては、「通称田中山と呼ばれている」 ...

こちらは少し離れた場所(住所は湯口。黒滝と湯口の境。)にあった鳥居。 川沿いに下った場所にあるので、かなり気付きにくい場所です。 野崎観音堂。 御祭神は勢至菩薩。 小祠は不動明王。 文化5年(1808)・文化8年(1811)の庚申塔などもありました。 ...

岩谷不動尊・大山祇大神を通り過ぎて、沢田神明宮の前を通って屏風岩(高さ100余りの岸壁が幅600mにわたり屹立するとともに、学術的にも価値の高い北地系の植物が生育し、すぐれた自然環境と景観を形成。)を横目に進みますと相馬ダムに着きます。 相馬ダム周辺にはみずべ ...

大石明神と九頭竜大神は紙漉沢(旧相馬村)と坂市(旧相馬村)の村中で造営(※鎮座地は弘前市高野字山越)。 鳥居と小祠。 小祠は空。 祠の後ろに大石。 その昔、石工某がこの大石を打ち砕こうとして大怪我をし、神威を畏れて建立したそうです。 大石に ...

旧相馬村。 野脇橋から見える木の麓。 川沿いに鎮座。 明治10年建立と伝えます。 元は桐の木沢と共同で造営にあたりましたが、今は向山の氏子で奉仕。 平成16年11月29日、堂宇建立の棟札(施工:弘前市下湯口、石岡祐治)。 鳥居奉納は昭和34年旧2月8日。 絵馬等 ...

旧相馬村。ロマントピアからも程近い場所。 小高い山の上に堂宇が見えたので参詣しました。 馬頭観世音堂のようです。 紙垂の隙間からは鏡と白馬の像が見えていました。はっきりとは見えませんでしたが、その白馬の後ろには「昭和28年旧10月17日」の棟札他2枚。棟札を見 ...

弘前市相馬字一丁木。旧相馬村の相馬村農業協同組合相馬支所の裏手にあります。 樹高約10m、幹周約9m。樹齢は数百年と伝えます。かつては作沢川・藍内川の合流点となっており、この大公孫樹は川の上に広がっており、人々はこの木に舟を繋いでいたと語り継がれています。新 ...

旧相馬村の黒滝稲荷神社です。※YouTubeに当神社の年末獅子納めの動画がありました。興味のある方は検索してみてね。 さて、一の鳥居の手前から狐一対が出迎えてくれます。 一の鳥居に黄色い…りんご?色々な鳥居を見てきましたがりんごは初めてかも。 二の鳥居 ...

御祭神は倉稲魂命。創建及び由緒等は不明です。 神社前には用水路が流れ、社殿は小高い丘の上に鎮座しています。相馬字竜ケ平との境付近です。 狐一対。赤と青のほっかむりが素敵です。 こちらには… 不動明王がいました。後ろの木札に「再建立大聖不動明王堂一通身 ...

御祭神は天岩戸別神(向かい清泉に石碑あり・天石戸別乃泉)、少彦命。 創立年月日不詳。明治3年に村社、 昭和22年に神社本庁に所属し境内国有地の無償譲与。 大重院医王山薬師堂(大行院支配の薬師堂)とも称した医王山大重院教円寺は大同2年(807)の勧請と伝え、本尊 ...

真言宗醍醐派 行峯山 覚應院。湯口集落の南端、湯口山の麓にあります。 かつては修験宗行峯山長楽寺と称していました。本尊は波切不動明王。津軽弘法大師霊場第七番札所。津軽七福神霊場、寿老人尊。(-人-)チョージュ、チョージュ。 寿老人の木像ですが、この日は寺院内に誰 ...

同じ相馬村地区ですが、こちらの「野田神社」とは別です。 大助村には旧号不動堂の愛宕神社があり、明治初年に愛宕社と改称。祭神は火産霊命。 一時は淡島神社の相殿になりますが後に復社し、野田神社と改称。 地内の岩屋不動明王祠堂は愛宕社の堂社跡と言われています ...

相馬村坂市にあります雷電宮。 坂市…いいネーミングの住所です…この辺りは本当に坂が多いですし(笑) 御祭神は大雷神。 創立は不詳。 雷電宮の鳥居(神額)…何かかっこいいです。 古来より坂市の 「雷電様」 と尊称され、 農業の風雨順時気温の予知を神占いにより得られ ...

旧相馬村水木在家字桜井にあります。 御祭神は大山祇神(慶長3年勧請)。 この地に築城した桜井玄藩の舘神として創立しました。廃城後も住民に氏神として尊崇され、明治12年6月に村社に列格。 由緒…『伝ふるに文治3年(1187)桜井玄藩館を新築せんとせす時、一夜夢に ...

旧相馬村五所にあります五所神社。 御祭神は久介廼智神。 創立年月日不詳。 元来、 当村の下五所里見という所に宝流権現(五所権現)を建立、 寛延年間に岩木川大洪水の節に社地が流失したため野沢に移転。 明治3年に五所神社と改称。 明治5年に紙漉沢村の竜田神社に合 ...

相馬村紙漉沢にあります。 この真っ直ぐの参道の突き当たりの山です。 あの山の頂上を目指して出発です。 最初の鳥居からの階段。 これがなかなかの急勾配。 季節によるでしょうが苔でとても滑りやすくなっていたので注意です。 案内版より… 伝承によると、この宮は大 ...

旧相馬村の広い田んぼの奥の山中にありました。 「弁」の一文字。 弁才天を本尊とする弁天社。「辨」「瓣」「辯」…これ何だかわかりますか?実は「弁」の旧字。3種類もある上に難しい字ですよねぇ。どうでもいい話ですね(笑) 『水神竜神 十和田信仰』(小館衷三著)に藍 ...

旧相馬村の岩谷不動尊(岩屋不動尊)。 道路沿いにこのように見えてきます。岩の所為でより小さく見えますね。 弘前から向かうと沢田神明宮より少し手前。 「沢田神明宮」の記事はこちら。 この祠の前に一対の石燈籠がありますが、これは尾太銅山の三上兵助が安永4年(1 ...

旧相馬村の沢田地区にあります神明宮。 御祭神は天照大神。 菅江真澄 (1754~1829) の紀行 「つがろのおち」 にも、 いつの時代に祀られたものか分からないとあり、 その起源は不明。 旧藩時代より当時、当地を小倉村と呼び、小倉の神明様と呼称されていました。 菅江真澄は『 ...

旧相馬村の野田神社です。 御祭神は大山祇神・豊聡耳命。 本社の創立は慶長年中と伝えられ、 当初は山神宮・太子堂と称しました。 安政2年 (1855) の調査では寛永7年 (1630)、 寛文5年 (1665)、 元禄3年 (1680) の棟札がありました。 明治4年に御改制により保食神社、 明治6年 ...

白山堂は、別に皇后堂・白姫堂・白御堂・白山権現宮ともいわれています。長慶天皇の皇后、伊勢の宮菊理姫(菊子姫ともいう)の墳墓に建てられた御堂。 菊理姫は新田宗興の養女で、宗興が伊勢で討死以後、天皇と共に各地を転々とされ、陸奥国行岳(浪岡)から紙漉館に移られ ...

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