くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

カテゴリ: 寺・神社 (大鰐町)

ニの鳥居。 砂防設備がありました。 三の鳥居だけ明神鳥居です。 参道脇に二十三夜塔二基。 居土村の枝村である高野新田は宝永6年(1709)漆栽培の奨励を目的として開かれました。 鎮守は神明宮で御祭神は天照大神。 享保18年(1733)創建。寺社領分限帳には元和9 ...

かつての虹貝村で北流する虹貝川の下流に位置し、北に宿川原村、南に細越新田、その南に蛇石新田の二つの支村があります。 山役人が直接森林を管理する番所があったほか、鉱山の開発も盛んな地域で、寛文2年(1662)5月に虹貝金山の経営に着手しています。 参道がかなり ...

茶臼山公園は明治20年代に開園され、つつじ祭で有名な場所です(石碑は油川貞憲頌徳碑・玉川長吉大工棟梁顕頌徳碑・成田豊治元村長頌徳碑)。 茶臼山にはかつて蝦夷の館があり、その館名であるチャシに由来していると伝わります。 日精寺の屋根(手前)と専稱院(左奥 ...

最初の社号標からかなりの距離があります。羽州街道と東北自動車道の下をくぐって行く参道。 前平にある旧村社稲荷神社。 御祭神は倉稲魂命、猿田彦命、大宮比売命。 享和3年(1803)の寺社領分限帳によりますと、創建は不詳で、明暦元年(1655)再建。貞享4年検地水帳 ...

大鰐町居土字高野平の十和田山(戸和田山)にある戸和田貴船宮の遥拝所。十和田山に鎮座する戸和田貴船神社は山深く、江戸時代から遥拝所を設けており、本尊もこちらに移されています。小館衷三氏の「水神竜神 十和田信仰」に詳しく書かれています。 『戸和田貴船神社(大 ...

十和田山へ向かいます。 道中、山の茂みの中に石碑がありましたが、近寄れませんでした(近寄る気がありませんでした)。 こちらも道中にありました。物凄く心が折れる看板。 山菜採っても命を取られるな…。 戸和田貴船神社入口の少し手前には人工的な滝があり、滝の水 ...

早瀬野村は虹貝川に島田川が合流する地点で、東に島田村、北に虹貝村の支村蛇石新田があります。 『津軽歴代記類』によりますと、重臣高坂蔵人が2代藩主津軽信枚と対立し、慶長17年(1612)6月20日に弘前城中で謀殺され、蔵人の家族及び家来は屋敷に籠って最後まで抵抗 ...

虹貝川沿いを早瀬野ダム方面へ向かいます。途中にたくさんの標識があるので道には迷わないと思います。ダムは左右どちらを迂回しても大丈夫です。 道中にあった碑。栗林豊次郎造林紀念碑。 こちらも道中にあった鳥居と祠。 護摩木に奉修大日尊と書かれていました。 入 ...

西流する島田川中流域に位置し、東に支村の新田、西に早瀬野村があります。 貞享4年検地水帳によりますと嶋田村とあり、藩政後期の虹貝山役人預山絵図(八木橋文庫蔵)には嶋田新田の近くに甚吉峠の脇道番所と思われる建物がみえます。 ゾベコ沢にある旧村社久須志神社の ...

西流する島田川中流域に位置し、東に支村の新田、西に早瀬野村があります。山野神社は阿闍羅山の裾野に鎮座。 一見すると鳥居から先は他人の庭に入って行くような感じで躊躇します。小さな橋を渡ってからは、あまり整備されていない細い山道を登って行きます。 ...

八幡宮に到着…しかし二の鳥居から先はとてもじゃないけど歩ける状況ではありませんでした。 深い茂みの中に何となく参道があるのは感じますが…無理です。 裏参道はないかと山の裏へと行ってみました… よかった!登れるようになっていました。こちらが表参道 ...

貞享4年検地水帳によりますと石川村(乳井・八幡館・鯖石・小金崎・薬師堂・石川・大沢・森山の合併にて成立)に行人の立海坊がいて、正福院抱えの観音堂と毘沙門堂があったといいます。 また、近くの堂ヶ平山北側中腹には毘沙門天・不動明王・観音菩薩を祀る堂社があり、 ...

慶長年間(1596-1615)、津軽為信公が眼病に罹り、「大鰐の湯で目を洗えば治る」という薬師如来のお告げを夢に見て、大石(竜頭石・湯魂石)の下から湧き出る熱湯を発見したのが大鰐温泉の始まり。※新しい案内板の説明と石碑に彫ってある説明は同じものでした。 この大石 ...

かつての虹貝村で北流する虹貝川の下流に位置し、北に宿川原村、南に細越新田、その南に蛇石新田の二つの支村があります。 山役人が直接森林を管理する番所があったほか、鉱山の開発も盛んな地域で、寛文2年(1662)5月に虹貝金山の経営に着手しています。 中熊沢にある ...

御祭神は伊弉諾命、伊弉册命。 由緒は不詳。 唐牛村鎮守熊野宮(観音堂)。 唐牛は中世の伽藍寺より派生。 天正年間(1573~1592)には阿闍羅山に建立されていました(※もしくは天正年間に奉移)。 その後現在の地にに奉移されたようです。寛永10年(1633)村中にて再建 ...

津軽三十三観音霊場。 入口附近に龍神宮がありました。 隣には池も。 龍神宮付近に車を駐車して参道を上って行きます。段数はないけど勾配はありますね。 子宝神社。 姥石神社。 山神宮。 寛永9年(1632・安政2年神社書上帳によれば寛永10年)村中により創建と伝 ...

一の鳥居をくぐってすぐに「大鰐町指定有形民族文化財 さんすけ」の標柱がありました。 標柱横の説明は削れていて読み取れませんでした。 大鰐こけしというのは聞いたことがありますが、さんすけは大鰐の有形民俗文化財だったんですね。 マタギが12人で山に入る ...

津軽三十三観音霊場。本殿まで約300mと書いてありましたが思っていたよりもかなり近くに感じました。 入口に地蔵堂。 鳥居の横に馬頭観世音。 階段の参道… と思いきや… 獣道(笑) 途中道が分かれており、そちらに向うと稲荷神社がありました。 ...

大鰐町の八幡館です。 大鰐と言っても乳井通りで大鰐弘前ICの近く。 細い道を進んで最初に現れるのは日露戦役記念碑。ここを曲がって少し坂を上りますと八幡宮があります。 ご覧の通り、道が狭い上に駐車する場所もないので大きい車はおススメしません。自転車がベスト(笑 ...

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