くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

カテゴリ:寺・神社 (秋田県) > 寺・神社 (大館市)

秋田県大館市比内町独鈷大日堂前。大日神社へ向かう道中の案内板…『これより上る高台は、上野(うわの)と称して縄文中期以降の遺跡と戦国武将「浅利氏」の居城跡が連なる古代比内地方の重要拠点であった。近年まで野中・庚塚の集落も存在した。鹿角市にある小豆沢・長牛の ...

看板(上写真)の所にあった「大日堂前遺跡【独鈷遺跡】・中世「甲斐源氏浅利氏」十狐城址入口」案内板(下写真)…『これより上る高台は、上野(うわの)と称して縄文中期以降の遺跡と戦国武将「浅利氏」の居城跡が連なる古代比内地方の重要拠点であった。近年まで野中・庚 ...

秋田県大館市山田の山田八幡神社。山田地域を一望できる高台にある当八幡神社は通称「勝山八幡」とも呼ばれています。戦国時代、勝山越後三郎という地侍が治めたこの場所には山田館という城がありました。山田の名が歴史に多く登場するようになるのは鎌倉時代で、比内地方を ...

秋田県大館市道目木天当。入口付近にある巨木の存在感がすごいです。道目木はかつて百目木とも書き、大館盆地からやや東に入って西流する米代川の中流域左岸部に位置。東は大滝温泉。耕地狭小の地。地名は川水が小滝状に落ちる水音に由来。江戸期以降の道目木村は出羽国秋田 ...

大館市山田。門(大正13年7月29日、施主古家春吉)勝山越後三郎一族郎党弔魂之碑。六地蔵。向かって左から法性地蔵(地獄道)、陀羅尼地蔵(餓鬼道)、宝性地蔵(畜生道)、法印地蔵(修羅道)、鶏亀地蔵(人道)、持地地蔵(天道)「おん かかか びさんまえい そわか」平和 ...

大館市軽井沢浦山。浦山自治会館の東方、浦山ホップ乾燥施設付近。ちなみにGoogleで検索すると「大清水神社は閉業しました」と表記されます(令和4年時点)。一之鳥居から向かうと社殿横に。軽井沢は西流する米代川中流域の右岸部に位置。米代川対岸部が十二所。東端の猿間と ...

大館市軽井沢下岱。目立ちませんが軽井沢観音堂のすぐ近くに鎮座しております。軽井沢は西流する米代川中流域の右岸部に位置。米代川対岸部が十二所。東端の猿間との境付近の山麓に中世の城館址(新館)があり、浅利家臣額田淡路守某の居館址といいます。館址付近からは土師 ...

大館市軽井沢下岱。軽井沢は西流する米代川中流域の右岸部に位置。米代川対岸部が十二所。東端の猿間との境付近の山麓に中世の城館址(新館)があり、浅利家臣額田淡路守某の居館址といいます。館址付近からは土師器・須恵器片が出土しており、館址から軽井沢の集落に向かう ...

大館市山田。少し鬱蒼とした参道及び境内。山中といった感じですね。大館市山田は山田地蔵祭り(ジンジョ祭り)で有名な地域です。社殿前に石段。社殿。御祭神は宇迦魂命。拝殿向拝神額「稲荷神社」(昭和45年11月8日、田村元成)拝殿内本殿。  ...

写真は参道近くにあった墓所と地蔵堂。神明社の鎮座地は秋田県大館市立花山田渡。北に下内川、南に米代川。かつての下川沿村。下川沿村は川口、立花、片山、餅田の4ヵ村が合併して成立。下内川と米代川の合流点に位置。村名は米代川沿いの立地により、東方の上川沿村に対応。 ...

秋田県大館市山館上ノ山。鳥居。社号標(昭和5年旧8月15日)。大館市山館地域は旧大館市の南に位置し、米代川に抱かれた田畑の風景が美しい地域。「羽立」「金谷」「沢山」の3つの町内会で構成。山館地域の山館八幡神社が建立されている山は山館と呼ばれ、かつて甲斐国で、先 ...

大館市山田山田。山田地区の正一位稲荷大神が祀られる祠。部落の道沿いにポツンと祀られている感じです。なお、由緒等についてはわかりませんでした。  ...

大館市比内町扇田長坂。これまで大館カントリークラブ内にある神社かと思っていたのですが、米代川沿いにてたまたま社号標を発見。大館カントリークラブ内じゃなかったのですね。そして本殿は線路を越えて林の中の参道を登った先にあるとの情報も得ました。扇田村についてで ...

大館市比内町扇田白砂。鳥居が2基あります。向って左側の鳥居は虚空蔵菩薩堂。拝殿内扁額(昭和47年9月13日)には「丑寅神社」とあります。向って右側の鳥居(平成7年5月吉日、寄進者(有)小林石材店)は稲荷神社。参道右手の御神木は切株のみ。左側には新丁会館・新丁児童館 ...

秋田県大館市雪沢水沢。写真のように山道を登って行きます。途中に左手に参道石段があるのですが、これがかなり急な石段でちょっと危険です。無理してこの正面石段を上らなくても、そのまま直進すれば境内に行くことができます。冒険家の私もここは回避しました。水が流れて ...

秋田県大館市釈迦内山道上。江戸期以降の釈迦内村は秋田郡北比内のうち。秋田藩領。羽州街道の整備に伴い、宿駅場に指定された本郷を中心に村落を編成。元和3年8月、藩から大館城代に宛てた「しやか内」開発の指紙がありますが、この開発と羽州街道伝馬役の徴収を中心に、枝 ...

↑このページのトップヘ