くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

カテゴリ: 寺・神社 (黒石市)

蛾虫と言えば、大川原字山ノ蛾虫、大川原字蛾虫子、黒石市温湯蛾虫という地区があります。黒石市温湯の東北が蛾虫坂になります。 『青森の伝説』には「温湯温泉から板留温泉へ行く途中に、蛾虫坂がある。この坂の右手が小高い丘になっているが、これを蛾虫の一エビという。 ...

黒石神社にやってまいりました。 前回の記事:『新坂 ~ 其之弐・黒石神社 (黒石市)』 関連記事:『弘前東照宮(笹森町)』 関連記事:『弘前東照宮2013 (弘前市笹森町)』 2015年6月16日、黒石藩祖津軽信英公分知360年に当たり、日光東照宮宮司稲葉久雄氏、靖国神 ...

長谷澤神社かと思ったら社務所でした。長谷澤神社とはかなり離れています。社務所入口の門は鳥居ではなく冠木門。 『長谷澤神社 (長谷沢神社・長谷沢 東光山 五輪寺・黒石市上十川)』 社務所と連結して小さな社殿はありました。 長谷沢神社社務所の敷地内にあるコウ ...

同じ地区に稲荷神社が2社あります。 参照記事:「稲荷神社(黒石市青山)」 御祭神は倉稲御魂命。 宝永8年(=正徳元年・1711)勧請と棟札にありますが詳細は不明です。 昭和21年3月25日宗教法人令による届出。 こちらの稲荷神社は浅瀬石川ダム建設のために昭和54年2月 ...

現在は同地区に稲荷神社が2社あります。 理由は下記を参照。 参照記事:「稲荷神社2(黒石市青山)」 御祭神は倉稲御魂命。 かつての野添村。 国誌によりますと稲荷神があり、延宝2年(1674)、東野添村中にて勧請。 その後、由緒は火災による焼失のため不詳となり ...

御祭神は闇おかみ神。 青森県神社庁HPより由緒…『明和7年(1770)に伝書に依ると、「浅瀬石城主瑞夢の御託宣あり、大同2年深山高羽の獄に鎮座す。今吾が宮所を建立あらば津軽六郡の内、主領三郡は汝を領主と使わしむ也」。天正5年(1577)正月2日の暁、告験有るに因りて ...

浅瀬石川ダムに突き出た半島の先。水神の森と呼ばれ、地元住民から大切にされている場所。 私の地図には八坂神社とありましたが、由緒等は不明です。 この付近の神社等はダム建設に伴って移転したところも多いですね。 二庄内の浅瀬石川の長瀞には、布を晒していた娘が失 ...

沖浦地区の小高い山の上に鎮座しています。私の地図では山ノ神神社と記載されていました。御祭神は大山祇神。 沖浦地区にはこの他に神明宮(御祭神は天照皇大神・例祭日は7月15日・昭和30年頃に入植者全員で創建)や高場神社などがありましたが、鳥居と小さな祠のみとい ...

由緒等は以前の記事を参照してください。 以前の記事:『長壽院 (長寿院)& 羽黒神社 (黒石市)』 境内では、車馬を乗入る事・魚鳥を捕る事・竹木を伐る事・汚穢物を棄る事は禁止でございます(大正4年8月)。 奉納馬一対。 手水舎。 狛犬一対(明治19年11月2日・ ...

かつての花巻村で、黒石城下東南の山形街道に沿い、豊岡村と下目内村の中間に位置。元禄2年(1689)の黒石平内巳年郷帳には「小杭野村」、元禄4年(1691)の黒石御絵図には「小喰野村」とあります。改称の由来・時期については不明で、安永10年(1781)の手本山形道中記( ...

御祭神は倉稲魂命。 寛文2年(1662)12月9日、黒石藩の祖先津軽十郎左衛門信英公は、次男十郎兵衛信純に所領千石を以て分地させ、下目内沢、小屋敷、飛内、馬場尻四ケ村の領主となります。 その後、元禄2年(1689)9月6日、二代信俗が嫡子なくして死去したので、御家名廃 ...

御祭神は倉稲魂命。 この日は霧で見えませんでしたが、拝殿を背にすれば鳥居から真正面に岩木山が望めます。 青森県神社庁によりますと寛永8年(1631)6月10日、村中にて初めて勧請。 明治初年の国誌によりますと宝永8年(1711)創建とあります。 この地は ...

参道の途中に地蔵堂と大きな百萬遍の碑がありました。 最初の鳥居を潜ってからU字型に進む参道。 御祭神は倉稲魂命。 漫画チックな表情が個性的な狐様。 擬宝珠のような石柱。 後ろ姿がたまらない狛犬。 庚申塔。 元和二年(1616)8月10日、飛内村中にて ...

御祭神は倉稲魂命。 車…通れないと思うけど(笑)軽トラならギリギリ通るのかな。 目内沢村が上目内沢村と下目内沢村に二分されて成立しました。 ちなみに下目内沢にも稲荷宮があります。 阿奈猿田彦大神講中。 読めない石碑。 貞享元年(1684)11月 ...

御祭神は大山祇神。 法峠寺別院へと上る道の付近に鎮座。 金属製の注連縄には鳥が二羽♪ こちらの鳥居の神束には三島神社。 三嶋明神の御神霊を安置し、永禄年間(1558-1570)に社殿五間四面の大社にして壮麗を極めましたが、天正年間(1573-1592)千如房と ...

かつての赤坂村。 村の南方にフン館(館主千葉氏)と呼ばれる館跡があります。 御祭神は誉田別尊。 寛正年間(1460-1466)創建。 慶長年間(1596-1615)本村宇野某、殊に大神を信仰崇敬し、堂宇の朽敗を嘆き社殿を建立。更に近村の力士を募集して相撲を行なっていたそう ...

中野神社といえば紅葉の季節が最高なのですが、それ以外の時期は人が少なく、とても気持ちのいい場所です。紅葉は唐内坂の御屋敷の庭の手入れをしていた御庭師栗原養吉郎他が植えたという記録があります。 紅葉記事『中野もみじ山 (黒石市)』『中野神社 (中野もみじ山) ...

かつての袋村。 貞享4年検地水帳によりますと藤五郎抱えの観音堂と村中抱えの水神宮があります。観音堂は産土神である袋観音であり、宝永5年(1708)に観音平に移り、神仏分離で白山姫神社となっています。当神社についての由緒は不明です。 法華経の守護神である鬼 ...

参道は特に整備されていないので山道を登る感じです。といっても社殿まではすぐですが。 御祭神は倉稲魂命。 狛犬はなく、石燈籠が一対あります。 社殿の額には妙法稲荷大明神とありました。 貞享4年検地水帳によりますと藤五郎抱えの観音堂と村中抱えの水神宮が当村 ...

御祭神は上筒男命、中筒男命、底筒男命。 狛犬一対(大正10年7月17日)。 文禄年間(1592-1596)の勧請と伝えられていますが詳細は不詳。慶長14年(1609)、花山院忠長卿が篤く尊崇。 明暦2年(1656)8月、黒石藩主津軽信英公の家臣北村丘部左衛門の命に依り ...

御祭神は倉稲魂命。 すぐ近くの石名坂稲荷神社がかつての石名坂館内に勧請されたことは、地形ばかりではなくその由緒からも明らかですが、こちらの稲荷神社もまた個性的な地形ですね。 ちなみに豊岡稲荷付近の鎧堤から沢に沿って山手に入っていく路は南部方面に通ずる旧 ...

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