くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

カテゴリ:寺・神社 (弘前市) > 禅林街&新寺町寺院街

「曹洞宗別所山宝積院跡地之碑」はこちら。 天正13年(1585)中別所村に創建。 開山は花応春佐。本尊は釈迦如来。もと隣松寺末寺。 元亀年間中別所玄蕃の建立で、中別所の別所森にあったといいます。 慶長年間に長勝寺構(西茂森町2丁目)へ移転。 享保年間に12世然 ...

本尊は釈迦如来。もと隣松寺末寺。創建不詳。 初めは兼平村にあり、開山は心蓮寿用。 藩祖津軽為信の姉で、為信の三老の一人兼平中書綱則室の菩提寺で、綱則室を開基にあて、寺号は蘭庭薫香大禅定尼の法号によります。 曹洞諸寺院縁起志によりますと、創立年代は ...

本尊は釈迦如来。もと隣松寺末寺。 長勝寺並寺院開山世代調によりますと、山号は新岡山とあり、天正年間(1573-15922)新岡村(旧岩木町)に創立されたとあります。 開山は中岳祖玄。開基不詳。 拝殿と本殿からなる堂宇。 曹洞諸寺院縁起志によりますと、開基は藩祖津 ...

真宗大谷派法涼山円明寺。法立寺の東隣。本尊は阿弥陀如来。もと東本願寺末寺。 浄土真宗一派縁起によりますと、明応8年(1499)油川村(青森市)に念西坊宗慶によって開基。6世念西坊頼英の時、天正13年(1585)弘前藩祖大浦為信の油川城攻撃に協力し、その功により油川村 ...

勝岳院。本尊は釈迦如来。もと隣松寺末寺。天正14年(1586)床前村(森田村)に創立。開山は庭叟守洞、開基は不詳。 曹洞諸寺院縁起志と正徳元年(1711)寺社領分限帳によりますと、慶長年間(1596-1615)に弘前に移ったとあります。 寺伝によると開基は藩祖津軽為 ...

赤門です。禅林街33ヵ寺の内12ヵ寺を構成し、黒門通りとは対の関係。 黒門が長勝寺構えと言うのに対し、赤門では耕春院(現宗徳寺)構えと称し、耕春院を中心に主に現室派が集められたと言われています。又、長勝寺構えが東西に直線的に配置されているのに対し、耕春院構え ...

本尊は十界曼陀羅。もと本満寺(現京都市上京区)末寺。 正徳元年(1711)の寺社領分限帳によりますと、天文2年(1533)賀田村(旧岩木町)に創建されて、堀越村を経て、慶長16年(1611)弘前寺町へ移り、正保年間(1644-1648)に現在地へ。 開山・開基は不詳。重宝錦 ...

貞昌寺は弘前藩内の浄土宗寺院の中で四ヶ方丈(誓願寺・本覚寺・法王寺)の格式を持っていました。新寺町の中でも重要な位置に配置。東の本行寺と西の真教寺の間に位置。 本尊は阿弥陀如来。もと磐城の専称寺(現福島県いわき市)末寺。寺禄60石。旧浄土宗僧録所。寺号は永 ...

日蓮宗 妙法山妙覚院 本行寺。本尊は十界曼陀羅。もと本圀寺(京都市山科区)末寺。開山は日健。開基は藩祖津軽為信。旧日蓮宗僧録所。 重宝錦嚢(受源院蔵)によりますと、為信の懇請により深草宝塔寺(現京都市伏見区)住職で兵学・武術にも通じた日健を、天正8年(1580 ...

龍沢山 嶺松院。本尊は釈迦如来。 堂宇が新しいですね。そしてその前の芝生とのコントラストが眩しい♪ 以下の古地図ではなぜかこの場所に金屋山 永泉寺が描かれています。永泉寺は下寺通りにありますよね。 なぜか嶺松院の所に永泉寺、永泉寺の所に川竜院、川竜院の所に ...

本尊は釈迦牟尼佛、脇侍、文殊菩薩、普賢菩薩。 本寺は隣松寺で末寺に吉祥寺、直指院、少林寺、智園寺。 藤原氏の支流桜庭太郎左衛門信正が奥州南部から来て為則公の幕下に属し、目屋桜庭村を領しました。 一宇を賜り、信正と号し、侍十二騎、小知行の者30人をつけられ、 ...

本尊は毘沙門天。毘沙門堂は取り壊されており、本尊は堂宇内に祀るようになったといいます。これは唐糸が持っていたものを時頼が10倍の大きさに彫らせて寄進されたとの伝承を持ちます。もと耕春院末寺。 山号の唐糸山は唐糸御前の伝説にちなむものです。但し、多くの資料で ...

竜負山と号し、曹洞宗。本尊は竜負観音。もと長勝寺末寺筆頭。墓所へ直接入れるように入口が2つありますね。 享禄3年(1530)五本松村(浪岡町)に、長勝寺2代秋澗梵菊を開山として創立。曹洞諸寺院縁起志は創立を同2年としています。開基は浪岡北畠氏七代具永、寺号は具永 ...

清安寺。本尊は釈迦如来。もと長勝寺末寺。開山は長勝寺三世密田梵宥。開基は不詳。寺禄33・33石。 天正2年(1574)、密田が赤石村に松源院という草庵を結び隠居所としたことに始まります。また4代住職通讃の代に、2代藩主津軽信枚の正室葉縦院が亡くなり、長勝寺の命で通讃 ...

天台宗 那智山 袋宮寺(たいぐうじ)。弘前高校のすぐ隣。創建は不詳。 津軽天台四山(報恩寺、猿賀神宮寺、薬王院)で津軽藩の祈願所である熊野三所権現の別当として樋口村にあったのですが、江戸時代末期に至り寺運衰え、報恩寺の塔頭である無量院と合併して、その名跡を現 ...

長雲山 藤先寺。本尊は釈迦牟尼仏。耕春院末寺。禅林街の赤門のすぐ横に位置します。 曹洞宗諸寺院縁起志によれば、天正年間(1573~1592)に中岳善哲を開山として藤崎村に創建。中岳善哲は為信の使者として庄内大山義信の元へ行き、帰路秋田盲ヶ鼻関所で怪しまれて鼻を削が ...

長勝寺三門ほか建造物群の防災設備設置にあたり、平成24年5月1日~6月29日にかけて、史跡地地下遺構の発掘調査が行われ、墓所が発掘されたとのことで行ってきました。場所は知る人ぞ知る、かつての太平中学校・太平高校跡地です。昭和21年4月に曹洞宗宗務庁指定壇林(僧侶の ...

津軽三十三観音霊場第33番札所。 本尊は聖観音菩薩。 境内にあるスギ林は弘前市の保存樹に指定。 もと蘭庭院末院。蘭庭院裏の墓地後方の丘陵にあり通称山観。 創建年、開山、開基不詳ですが、茂森山の開削と長勝寺構取立の際に重森山にあった観音堂を現在地に ...

本尊は釈迦牟尼仏。 永正17年に梅英春香を開山とし創建との説、享禄年間に真顛寿泉を開山とし創建との説の2つが伝わります。いずれも開創地は賀田村(旧岩木)。弘治年間花巖春公が堂宇を建立。 津軽一統志では真顛と巖春を開山・開基としてます。ついで木庭袋伊勢守が ...

vol.1で結構紹介したのですが今回は違う視点からの長勝寺です。 長勝寺庫裏です。 庫裏は、大浦城台所を移築したと伝え、側柱と中央通りの柱を揃えて立て、各柱に登梁(のぼりばり)を架け渡し、これに小屋束を立てて和小屋を構成。 半解体修理を実施していますが、その修 ...

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