くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

カテゴリ: 寺・神社 (青森市)

青森市幸畑谷脇。かつては社殿裏に樹高約25mの大きなケヤキがありましたが、現在は伐採されております。 御祭神は伊弉冉尊、菊理姫命。建立年月日不詳。 かつての幸畑村で、はじめ桑畑村と称しており、貞享4年検地水帳の附箋によりますと、享保11年に幸畑村と改称。 ...

県道242号線沿い。住所は青森市駒込字深沢。八甲田温泉の近くです。向かいにはたんぽぽコーヒーの店。 灯篭一対(平成10年6月12日・上戸家石材)。 参道。 古そうな鳥居。 社殿周囲には石がゴロゴロ。 社殿(覆屋)。 覆屋内。 本殿。由緒等は調べておりません。 ...

酸ヶ湯温泉・地獄沼の近くです。向かいには東北大学植物園八甲田山文園があります。三十三観音は八甲田のすべての安全を願うために、酸ヶ湯の経営者だった郡場直世らが提唱、賛同されたお客様と共同で付近の自然石を彫って造られました。風化により現在は三十体程となってい ...

八甲田山です。酸ヶ湯薬師神社は酸ヶ湯のすぐ近くに鎮座しております。 近くには大岳登山口があります。標柱は「八甲田山神社登山口」。 「青森県八甲田-山口県秋吉台五千キロ踏破・日本山脈縦走起点」という看板もあります。1960年頃に実施された讀賣新聞社による縦走 ...

御祭神は誉田別命。 草創は不詳。 貞享4年検地水帳によりますと松森村に八幡社地と明神社地が見えます。地内福田の八幡宮は寛永3年(1626)5月村中にて五穀成就のために再建。 明治初年に一時戸山村砥山神社に合祀されるも後に復社。 手水鉢。 石燈籠一対( ...

鬱蒼とした森の中を進む参道。 綺麗にされているので足元は問題なく歩きやすいです。 鳥居がいくつかあり、崇敬の篤さが伺えます。 参道と直角に社殿があります。 ちなみに正面にも道がありましたが、私は行ってないので参道かどうかは不明です。 春日神社の場所は青 ...

青森市石江平山。国立療養所松丘保養園内。隣には教会やお寺なども建ち並んでいます。 彌廣神社由緒…『御祭神:天照大御神・明治天皇・貞明皇后。当社は昭和13年に創建され施設内療養患者の篤い崇敬を集めていましたが、戦後GHQの指示により解体を余儀なくされました。こ ...

グーグルマップでは保食神社と記されます。青森市野木山口。 かつての野木村で、享和3年寺社領分限帳・安政2年神社書上帳には、寛延元年(1748)創建という稲荷宮が見えますが、これが当稲荷神社です。後に合子沢村稲荷神社に合祀され、その後復社。 野木稲荷神社は村中安 ...

青森市立荒川中学校金浜小学校分教室のグラウンド向かいにある馬頭観音堂。青森市大別内葛野。 かつての大別内村で、安政2年神社書上帳によりますと、安政4年再建の惣染堂がみえます。 御神馬一基。台座には寄付者名。 ...

新城平岡。 境内には小さな公園が隣接しています。 草創は大正2年。 昭和4年に現在地に神社建立したそうですが、再建なのかそれ以前は違う場所だったのかは不明。新城字山田かな。 祭日は7月4日。 社殿内。 社殿前の建物は不明。 ...

県道40号線沿い。 青森市駒込深沢。 神道大教は教派神道の一つで、明治政府が明治5年に神道の総本山とすべく設けた大教院が元であり、神道十三派と呼ばれる各教派神道の母体。御祭神は天之御中主神、高皇産霊神、神皇産霊神、伊弉那岐命、伊弉那美命、天照大神、天神 ...

青柳1丁目に鎮座。青森市史によりますと、事代主神社はもと善知鳥神社の末社で蛭子堂と称しており、天保7年2月に青森町大町山田源吉及び小館善兵衛の両人が家内安全のため創建したもので、漁師が崇敬していたとのこと。 明治5年頃に蜆見町町民から蜆見町の産土に懇 ...

田屋敷と浜館のちょうど境目にあります。 社号標紀年銘は昭和10年旧4月16日(濱舘向上會十周年記念。彫られている名前がほぼ千葉)。 御祭神は別雷命。 貞享4年検地水帳によりますと、雷電堂地が見えます。この雷電宮が当加茂神社です。元和2年千葉左京之介建立。 ...

社号標(昭和12年4月10日)。 例祭日は7月10日。 稲荷橋(大正15年7月10日)を渡って参道へ。 明治37、8年戦役記念標石「村社稲荷神社」、裏面(明治39年12月10日建立・出征軍人名省略・氏子中・本間覃山謹書)。 御大典記念碑(昭和3年11月10日)。 不明の石。 記念 ...

立派な社号標(青森市長千葉元江・昭和39年4月28日)です。 参道入口や参道の湾曲からもわかるように、沖館川の畔に鎮座しており、ちょうど富田、千刈、西滝、篠田の境くらいの微妙な位置にあります。 現住所は青森市富田ですが、滝村ノ宮と呼ばれていた西滝の川上神社と ...

御祭神は譽田別尊。 勧請年不詳。一説には天長元年(824年)創立とも伝えます。 正保元申年(1644)より駒込村中にて再建。ちなみに駒込村は、江戸期には駒籠村とも書き、菅江真澄は降魔籠とも書いています。明治以降は駒込村。 明治6年3月に戸山村斧懸神社へ合祭、同8 ...

かつての石神村。石神村は明治8年に江渡村と合併し、それぞれの一文字をとって現在の石江村と改称しています。こちらの神社ではありませんが、菅江真澄が『すみかの山』で、「石神の村にこゝらの花の木ありて、そこに、ちいさやかの祠ある側に文永の碑あり、こと文字は苔に ...

三内村は2つに分けて把握されることが多く、天明年間の工藤白竜『津軽俗説選』では上三内・下三内とあり、菅江真澄の「すみかの山」では大三内・小三内とあります。三内村は桜の名所として名高く、『津軽俗説選』では「外が浜に近き油川組三内は、野も山も一面の桜にして、 ...

たまたま鎮守の杜と鳥居を見つけたので訪問。青森消防団第七分団第五班裏。三内八幡宮からも近い場所です。 入口付近にある建物は地蔵堂。 地蔵尊扁額。 鳥居をくぐっていきます。 神社じゃなかった。 堂宇には「廣布山蓮華寺三内宝塔妙心講」とありました。 関連記事 ...

県道122号線沿い。青森市野沢川部。堤川を挟んで大別内山吹との境付近になります。大柳辺稲荷神社の先。 小さな社ですが綺麗に整備されています。 境内は石垣で囲まれており一段高くなっております。 参道両脇や境内には色々な種類の石が置かれていました。 境内中央 ...

みちのく銀行本店の隣りです。 御祭神は宇迦之御魂神。 勝田稲荷神社(境内案内板より)…『草創の一として、元和元年の大坂夏の陣において大坂落城、落人として、同志三人とともに津軽藩二代藩主・信牧公の側室辰子姫(大館御前・石田三成娘)の縁をたよりにして、津軽 ...

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