くぐる鳥居は鬼ばかり

Buddhist temples and Shinto shrines.

カテゴリ: 遺構・遺跡・痕跡・城址・廃墟・碑等

弘前大学文京町地区キャンパス内。弘前大学キャンパス内にて富田の清水が飲める!?弘前大学では数々の石碑の他、様々な展示も見ることができます。例えば亀ヶ岡文化研究センターにおける考古資料、ニホンザリガニ、藍やニンニク、地質標本、化石標本、手作りCPU、フーコ ...

秋田県湯沢市字内舘山。湯沢城址。善明寺の隣。道路沿いの一角に石塔群があったのですがすべてお墓でした。参道石段。眺望。参道鳥居。境内。雑草が伸びていてあまり整備されていない感じでした。御祭神は多紀理姫命、息長足姫命、本院別命、狭依毘売命。例祭日8月15日。八幡 ...

秋田県湯沢市古館山。中央公園(湯沢城址)内。この一帯は佐竹南家御屋敷跡です。鑑賞池。湯沢尋常高等小学校・湯沢東小学校・湯沢西小学校跡碑。二宮金次郎像。忠魂社(昭和34年11月3日・元第一航空艦隊司令長官寺岡謹平書)。湯沢雄勝戦没者慰霊之碑衆議院議員菅義偉謹書。 ...

秋田県湯沢市古館山。湯沢城址のある中央公園内。「飲むと力が出る」力水の由来…『湯沢は、古くから水と縁に恵まれた佐竹南家の城下町で、ここ湯沢城址、古館山麓より清水が湧き出る所一帯には、佐竹南家の御屋敷がありました。この名水は御用水で「からだに力がつく水だ。 ...

秋田県湯沢市内舘山。市指定史跡。中心市街地の東方の古館山と呼ばれる標高約200mの丘陵地帯に築かれた中世の山城。規模は東西約400m、南北約600m。本丸、二の丸、五社壇、馬場、見張台などの跡が今もその地形を残しています。ってことで、各所を見て回ろうと思ったのですが ...

青森県青森市三内丸山。偶然にも令和2年度三内丸山縄文秋祭り期間だったため、入城無料の上にペンやクリアファイル等記念品も頂きました。イベント内容としては発掘調査現地説明会、クイズラリー、縄文パノラマビュー!!(高所作業車にのり、6本柱と同じ約15mの高さから遺跡 ...

以前にも紹介しておりますのでそちらもご参照ください。前回の記事:『三嶽神社 & 三岳公園 & 日本基督教団弘前南教会』三嶽堂溜池跡地の碑。碑文「三嶽堂溜池跡地」裏面には歴代堰頭「柳田治三郎・小山内正作・柳田保三・小山内元太郎・千葉嘉雄・奈良岡教治・柳田誠三郎 ...

青森県弘前市大字堀越川合。堀越城跡にあります。堀越城跡のガイダンス施設としても活用されているため、順序的には堀越城跡を見学する前に立ち寄った方がいいかも知れません。入館無料。開館期間4月17日~11月23日、開館時間午前9時~午後4時(※令和2年現在)。関連記事『 ...

青森県弘前市堀越。詳しくは過去の記事を参照ください。写真は外堀、中土塁、二十堀。過去の関連記事『堀越城趾 ・ 熊野宮 (青森県弘前市堀越)』※2011年『熊野宮 (弘前市堀越)』※2016年『堀越城跡 2016』『堀越城跡 2016 ~ 其之弐』『旧石戸谷家住宅(弘前市)』堀越 ...

秋田県鹿角市十和田大湯下ノ湯。下から見た薬師神社。下の湯共同浴場前から上ります。途中に相馬大作壮図の碑(別記事)があります。標柱「薬師神社参道入口」より…『下ノ湯は文明年間(1469-87)すでに共同浴場があり、また、幕末には、南部公専用の御留風呂が建っていた。 ...

秋田県鹿角市十和田大湯下ノ湯。下の湯共同浴場前。大湯温泉下ノ湯舎は相馬大作が津軽公襲撃の謀議をした場所。昭和12年に大湯郷土研究会の手により鹿倉城の麓に義挙を讃える記念碑が建立されました。大湯鹿倉城搦手口登口、大湯温泉薬師神社参道入口です。徒歩2分。標柱より ...

秋田県鹿角市十和田大湯古舘。鹿角四十二館の1つ。築城年不明。12kmほど南方には南部藩の防衛前線基地である花輪城があります。天正17年、大館城を陥した功により初代城主大光寺光愛が入っていました。天正19年(1591)、九戸政実の乱にて大湯四朗左衛門昌次(武蔵七党横山党 ...

『大湯城跡(大湯新城稲荷等)』からの続きです。新城・館っこを通り、きよさんの清姫神社へ。入口の鳥居は小祠に対して反対側になります。標柱には特に何も説明がありません。小祠前の鳥居。清姫神社。長慶天皇の御子である寛光親王(※行岳山西光院(青森市浪岡北中野天王 ...

『大湯城跡(大湯新城・鹿角市)』からの続きです。写真では森の中を散策しているように思えるかも知れませんが…実際にそうなんですが…案内板や標柱が多いので、方向音痴の私でも比較的分かりやすい城跡でした。本丸付近の土塁。大手門跡。大湯城大手門跡…『登り口に「枡 ...

秋田県鹿角市十和田大湯和町。大湯城跡。大湯村についてですが、鹿角由来記によりますと「大湯村、大湯左衛門家来領知。本名奈良の惣領也。嫡子四郎左衛門、二男治郎左衛門、三男彦左衛門。右四郎左衛門天正十九年の九戸へ一味仕り、生捕られ、九戸と一処に三迫にて切腹。治 ...

弘前大学医学部医学科。大黒松小公園内。大黒松小公園の「大黒松」の由来として『弘前大学医学部三十年史』に次のように書かれています。「あの松の下で、ある老人が『○○が殿様から功により五十石加増の話があった時、加増より松が欲しいと申し出て頂いたものだ。それで五 ...

弘前大学医学部医学科へ。大黒松小公園内。大黒松小公園は平成10年10月19日に株式会社みちのく銀行の御寄附により設置されました。弘前肉腫の碑。碑文…『弘前肉腫 腫瘍医学への貢献』裏面碑文…『講座研究七十周年・弘前肉腫樹立記念 令和二年四月吉日 病理生命科学講座』案 ...

大然部落遭難者追悼碑の近くです。『昭和20年(1945)3月22日深夜、雪解け土砂の山津波によって、一夜にして消滅した大然村。今に残る災害遺産は「集落が消える」という過酷な教訓を現代に語りかける。この岩山の上に、山津波で流された屋根の残骸がひっかかっていたという。 ...

「まほろば唐松・中世の館唐松城」。唐松城は、唐松岳の麓から山頂にかけて築かれた空堀や土塁が残る中世城館。この地は、16世紀末頃に、湊城(秋田市土崎)等を拠点とする安東氏、横手盆地北部を拠点とする戸沢氏、同南部を拠点とする小野寺氏の勢力が対峙した要衝であり、 ...

弘前大学文京キャンパス内。弘前大学では数々の石碑の他、様々な展示も見ることができます。大きな木。郡場寛学長記念樹のメタエコイア(スギ科)です。こちらは佐藤敬学長退任記念植樹のハナミズキ(チェロキーチーフ)です。令和2年3月31日植樹。平成12年5月1日に旧制弘前 ...

弘前大学文京キャンパス内。現在、大学事務局、保健管理センター、創立50周年記念会館、附属図書館、教育学部、総合教育棟、人文社会科学部、第一体育館、大学会館のある敷地には、大正10年4月に開校した官立弘前高等学校がありました。弘高生青春之像は、平成元年(1989)8 ...

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