青森県十和田市深持鳥ケ森。

茅の輪くぐり。

2026イベントご案内。

訪れたのは2026年5月下旬。








昔の農具。


板状土偶。三内丸山縄文遺跡より発掘の国内最大級状土偶を半分位の大きさに製作したもので国内の小中高校の教材用として採用されている。

水車小屋。

『一◆ノハナショウブ(原種)…今日みられる多彩な園芸品種のもととなった、ハナショウブの原種。九州から北海道まで各地に広く自生していますが、どちらかといえば冷涼な地を好み、北のほうに多く見られます。日本以外では朝鮮半島、中国北部、沿海州、シベリア南部まで分布が広がっており、耐寒性の強いことがわかります。二◆長井古種…各地に自生するノハナショウブの中から花の色や形に変化のあるものを探しだして栽培を始めるようになったのは、江戸時代の初めごろのことです。その後江戸中期にかけて、しだいに園芸文化としてのまとまりをみせるようになったものですが、この、栽培初期の品種群と思われるものが、山形県長井市のあやめ公園に集められ、長井古種として今に伝えられています。野趣にとんださわやかな容姿が見どころです。◆江戸系(江戸ハナショウブ)…江戸時代も中ごろになると、堀切(東京・葛飾区)にわが国最初のハナショウブ園「小高園」がひらかれて、もの見高い江戸っ子の集まる名所のひとつとなり、天保のころには広重の絵にも描かれるほどの活況をみせました。ことに二千石取りの旗本、松平左金吾=菖翁(1773~1856)は100品種を越えるすぐれた新花を育成し、不朽の名著「花菖培養録」をあらわしました。本格的なハナショウブ文化は、この時期い大成されたといってもよいでしょう。堀切にはその後「武蔵園」、「吉野園」が、そして明治26年には明治神宮にハナショウブ園が設けられています。こうして江戸で大成したハナショウブを中心に、今日まで改良が続いてきた品種群が、現在、江戸ハナショウブと呼ばれている系統です。四◆肥後系(肥後ハナショウブ)…天保年間の終りごろ、肥後藩士細川斉公(なりもり)が松平左金吾より江戸系のハナショウブをゆずり受け、藩士の間にその栽培・育種を奨励、室内鑑賞(鉢植え)を対象に育種をきそい合い、おどろくべき発達をとげたのが、肥後ハナショウブです。この系統は門外不出という藩のおきてのため広く一般に知られるようになったのは昭和に入ってからのことですが、その後の浸透はめざましく、戦後はハナショウブの主流を占めるまでになりました。五◆伊勢系(伊勢ハナショウブ)…江戸系、肥後系とは別に、江戸中期、松阪の吉井定五郎によって栽培が始められ、以後この地を中心に発達していった品種群が、伊勢ハナショウブです。伊勢ギク、伊勢ナデシコと並んで、のちに伊勢三品といわれるようになりましたが、いずれも花弁が下垂するという、この地方独特の好みで特徴づけられています。』
花菖蒲の発達。

アヤメの仲間の見分け方(解説:加茂元照)…『アヤメの仲間(植物学上ではアヤメ科アヤメ属)は、世界で約200種が知られており、これら自生種から園芸化されたものも多い。日本ではその代表がハナショウブである。ここでは、日本でよく見られるアヤメの仲間の生態と、その見分け方のポイントを、わかりやすく図に整理してみた。サトイモ科のショウブは、アヤメの仲間ではないが、その姿がアヤメ類に似ていることや、古く「あやめ」ないし「あやめ草」とよばれていたこともあり、しばしば混同されてきた。この植物はセキショウ(石菖)の仲間で、葉に芳香があり、菖蒲湯に使われるものである。花は肉穂花序とよばれる五センチくらいの棒状のもので、葉色とあまり変わらない薄緑色で、あまり目立たない。私たちが一般に花とよぶようなものとは、ほど遠い姿をしている。これに対してアヤメ科のハナショウブ(原種はノハナショウブ)は立派な花を咲かせるが、葉に芳香はない。日本のアヤメの仲間で、もっとも園芸化が進み、多彩な花形と花色が生み出されたのは、いうまでもなくこのハナショウブである。一方、ヨーロッパやアメリカでは、アヤメの仲間ではジャーマン・アイリスが、園芸化されて、改良が進み、数多くの品種が栽培されており、各地の庭園などに植えられ、たいへんポピュラーな花になっている。日本にも園芸品種として持ち込まれ、楽しまれている。このジャーマン・アイリスにはいくつもの原種があうが、そのひとつ、日本名ニオイイリス(別名セイヨウイチハツ)は日本によく普及している。このセイヨウイチハツと、日本各地で見られる中国から渡来したと考えられるイチハツはよく混同される。この見分け方は図でもわかるように、弁元にひげがあるものがセイヨウイチハツで、長いトサカ状の突起があるものがイチハツである。他の仲間についても図を参考にして、生育環境や弁の特徴、葉の形などによって区別できる。』
長寿の滝。
鯉待橋。


鯉沼。
鯉。



鯉艸亭。
昭和初期に建てられた茅葺き屋根の古民家です。
平成2年に十和田市切田地区の加賀沢家から移築・復元されました。間口11間、奥行6間。
腹ごしらえ。



一服。

石窯ピザ作り体験。

うさぎ小屋。
それでは…
3度目の紹介なので、以下は写真のみでお楽しみください。

『手づくり村鯉艸郷』

















































































































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