1
宮城県仙台市青葉区下愛子舘。曹洞宗泰盛山安養寺。樹木葬(墓地、埋葬等に関する法律による許可を得た墓地に遺骨を埋葬し、遺骨の周辺にある樹木を墓標として故人を弔う方法)のお寺です。
2
安養寺種まき桜。
3
安養寺種まき桜…『安養寺の入口の桜の古木は樹齢400年と言われています。地元の農家からは「種まき桜」と呼ばれ農作業の目安となる暦として親しまれ大切に扱われてきました。長く厳しい冬が過ぎた愛子地区に、あたたかな春を告げる桜の木として長い間地域の人たちに愛されてきた「種まき桜」は、これからもこの地から愛子の人々の暮らしを見守り続けていくでしょう。』
4
石塔群。
5
5.1
5.2
5.3
5.4
下愛子(しもあやし)は広瀬川南岸の段丘上に位置。地名の由来は江戸期の当村横町にあった子愛観音から起こったと伝えます。当地区西方の上愛子の地名由来も同様。戦国期に国分氏が領有して勢力を占めていた地域です。
6
6.5
江戸期以降の下愛子村は宮城郷七十七邑のうち。国分郷六氏の裔、森田司馬清元の采地。村高は824石余から940石余。封内風土記では上・下愛子邑を一括し戸口99、寺社9。安永風土記によりますと村高は田代70貫余・畑代23貫余で計93貫余(うち蔵入地47貫余・給所46貫余)、人頭54、うち愛子町33。以下、上愛子村も含め、家数145、人口男634・女472で計1,106、馬184。神社11・仏閣9・寺5。村内に横町・愛子町と称される中世以来の羽州街道の宿場がありました。仙台から当宿場を通り、熊ケ根・作並と宿次を経て山形に通ずる重要地。この宿場は東西に通ずる要路だけではなく、南は名取郡茂庭村・湯本村・長袋村にも通じ、北は芋沢村を経て国分実沢村・同荒巻村にも通ずる重要な宿場。明治元年新仙台藩、同4年仙台県、同5年宮城県所属。同8年の戸数80、人口は男321・女321で計642。同22年宮城郡広瀬村の大字となります。昭和30年宮城村、同38年宮城町、昭和62年からは仙台市の大字。広瀬村役場を地内字町に設置。旧宮城町の行政・産業・文化の中心地域。
7
慈母観音。
8
参道。
9
公式HPより…文治5年(1189)頼朝の平泉征討のとき藤原秀衡の女児5歳を家来石塚民部守時と妻小萩が護って一時加美郡色麻村清水時に身を寄せ、元久2年(1205)に仙台福沢の尼寺に移りました。姫は成長の後、安養院と称し藤原氏に縁のあった安養寺に移って藤原家の菩提を弔ったと云います。
10
10.4
10.8
時代を経て慶長の初期1600年頃松音寺第7世霊堂文徹和尚が安養寺の復興に当たったが、慶長13年(1608)境内に侵入し狩猟する武士を喝破した遺恨により焼打ちとの内報を受け、聖徳太子像を背負って天神囲(場所不明、現地付近と思われる)に逃れ、泰盛山安養寺として開山。平成元年開山380回忌で大改修が完工しました。
11
安養寺の護持佛・十一面観音は、小萩観音と呼ばれており、今は変遷を経て仙岳院に祭られています。かつては榴岡天満宮別当の仏生寺にあったとの事です。子易地蔵尊は昭和39年建立。聖徳太子堂は昭和8年の建立。380年前に和尚様が背負った太子像が祀られています。
12
本堂。
13
13.4
13.8
太子堂。
14
14.5
安養寺寺史由緒…『當山は、封内風土記に、「小田原邑に古昔寺あり安養寺と号す。その山号、今之を失す云々。往時大願と稱する者之を請いて堂を建立五智如来を安易、仏光山とも稱した」藤原三代秀衡の時代拡大なる境内大伽藍であった。秀衡の三男泉三郎忠衡が泉の舘で文治五年六月歿す。五才で孤児となった姫は、家臣石塚民部守時の妻小萩と共に、加美郡清水の邑に遁れ小萩の弟観円僧都の清水寺に隠れ建仁二年の冬、姫十八才の時民部夫妻と共に観円僧都の法弟となる。姫は安養院蓮室妙善比丘尼と号した。文久二年、姫と小萩は故あって国分松森村福沢の尼寺に移る藤原二代基衡の臣、佐藤荘司治信の開基による安養寺に移り藤原家の菩提を弔った。安貞元年(1227年)三月姫四十二才で生涯を閉じた(清水寺古文書福沢神社社記宮城町史に依るその后何人により維持されたか定かでないが時代を経て慶長の初期、仙台城下五峯山松音寺第七世霊堂文徹和尚が当寺に移り復興に当る。当時境内に越境の武士を喝破した事を遺恨とし焼打せんとの謀議を聞きつけた同和尚に参襌帰依する者の内報にて、同寺に奉安の聖徳太子像を背負い行雲流水、此の地に来たり。山鳥街道を西進、菅原道実公を氏神とする佐藤家に錫を止め同家の開基に依り慶長十三年天神囲に泰盛山安養寺を開山す。同寺は文久二年より慶応二年にて、現在地に移建するも大正二年四月二十六日火災にて全焼す。その后二十六世襌洞和尚を中心に開基佐藤儀蔵氏外、檀信徒心を合せて大正五年十二月十七日再建。昭和に至り平成元年大改修完工に依り落慶法要報恩開山忌を厳修す。敬白 維時平成元年十月二十三日 安養寺二十八世大法幸栄代』
15
泰盛山聖徳太子合併再建改築記念碑(昭和7年旧11月3日)
16
鐘楼堂。
17
梵鐘。
18
眺望。
19
19.4
19.8
にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 東北情報へ