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宮城県仙台市太白区秋保町馬場大滝。迫力満点の秋保大滝と東北随一の大きさを誇るお不動様を祀った古刹・大滝不動尊(西光寺)を擁する大滝エリアは、秋保温泉街から約14km西方にあります。
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真言宗智山派瀧本山西光寺。秋保大滝不動尊の正式名称(付属仏堂)です。東北三十六不動尊二十九番札所。
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西光寺と大滝不動尊…『大滝不動尊の西側に位置する西光寺は真言宗に属し、もとは馬場町の入口「めがね橋」の南側にあり、秋保氏分家馬場氏3代定重の居館「豊後舘」に隣接していた。戦国時代、定重は伊達氏と主従関係を結び、二口峠の境界警備という重役を貫徹するため、山形最上氏との戦いが絶えなかったという。中でも野尻「越えどの沢」を利用した最上軍の奇襲攻撃には不意をつかれ、豊後舘はたちまち占拠されるという危機に陥るが、捕虜となった妻子の投身を機に、なんとか奪回に成功している。定重はこのとき犠牲となった妻子をはじめ多数の犠牲者を弔い西光寺を創建したといわれている。大滝不動堂は、西光寺の付属仏堂である。この地は平安初期山形県山寺の立石寺を創建した慈覚大師(円仁)が、はじめ湯元の磊々峡の北側洞窟堂山に精舎を開こうとしたが時の領主に反対され果たせず、二口街道を山寺へと向かう途中、大滝の壮観さと森厳さに心打たれしばしここに留まって不動尊を安置したといわれている。その後江戸後期、馬場生まれの知足上人が、奥州行脚を重ね現在の本尊の再興とお堂を創建した。本尊は地方に珍しい秀作で、伊達家の鋳物師津田甚四郎の鋳造にかかり、像高3mを越える。雄大な秋保大滝の自然と合わせ、古くから人々の霊場として知られ、現在も市民の憩いの場所として人気がある。』
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大滝不動尊のスギ
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推定樹齢200年。
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秋保大滝案内図…『秋保大滝は、名取川上流部にかかる落差55m、幅6mの雄大な滝で、1942年に「国指定名勝」の指定を受け、1990年には「日本の滝百選」に選ばれています。周辺には遊歩道が整備されており、滝見台、不動滝橋を経由して、滝壺の間近まで降りることができます(ただし、歩きやすい靴でお出かけください)。流れ落ちる水量が多く、轟音とともに水霧となった天然のシャワーが降り注ぎ、パワースポットとして人気があります。』
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高さ約3mの「大聖不動明王」の石塔。大聖は尊称の意味で、文化8年(1811)に建てられ、右側面には「湯殿山」、左側面には「象頭山」、下部に「日本回国供養當邨行者施主太作」とあります。太作は知足上人の俗名で、文化元年(1804)から文政5年(1822)にかけ奥州各地を巡錫して浄財を集め、文政8年(1825)に現在の不動堂を建立し本尊を安置したと云われています。象頭山とは釈迦が修行し説法したインド中部の山のことで、金毘羅大権現が鎮座する琴平山の別称。
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鳥居。神仏習合。
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鳥居付近。鳥居を入ってすぐの所にある「奉納大乗妙典六十六部供養塔」は幕末の文久2年(1862)の建立で、願主は肥後国熊本の藤井玄伯。
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秋保大滝説明…『名取川の全川断崖に逢著して瀑布を為せるものなり。高さ約55メートル幅約45メートル水量多くして両崖爲に震動す東北地方稀に見るの壮観を呈す。瀑上に不動堂あり堂背の崖上を以て観瀑の好地となす。一、岩石の破壊及採取を爲さざる事 一、濫に樹木の伐採を爲さざる事 昭和18年3月20日文部省』
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名称秋保大瀧の碑(昭和17年3月)
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狛犬一対。
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参道灯籠。
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手水舎。
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公式HPより一部抜粋…『秋保大滝不動尊は山寺立石寺の奥の院といわれ、不動明王さまをご本尊に祀る真言宗智山派の寺院である。正式名は滝本山西光寺で、東北三十六不動霊場29番札所・みちのく巡礼第26番札所となっている。不動尊の始まりは平安時代にさかのぼり、比叡山延暦寺三世座主慈覚大師円仁は、湯元の洞窟堂(いわやどう)山から山寺へ越える途中、この大滝の壮観と森厳さに心打たれ、暫しここに錫(しゃく)を留めて修行した。その後、二口峠を越え、貞観2年(860年)立石寺を開基する。その後、再びこの地に立ち寄り、不動明王をまつったと伝えられている。現在の不動堂と不動明王坐像は、江戸時代、秋保大滝不動尊中興知足上人が大願を成就し造立したものである。知足上人の御影像は境内の「開山知足堂」に祀られている。境内にはいろいろな植物が生えており、四季折々さまざまな風景を見ることができる。境内は天然記念物として保護するよう求められている処である。(国指定名勝昭和17年指定)』
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不動堂(木食知足上人中興の御堂・御尊像)。不動堂は文政8年(1825)に不動明王坐像造立とともに建立。堂内の天井には竜の絵や、知足上人の娘が書いたと伝わる花の絵が描かれており、堂内外にも様々な彫り物が施されています。堂内に鎮座されている御本尊の金銅不動明王坐像(文政9年開眼)は秋保大滝不動尊中興開山知足上人の発願により造像されたもの。伊達家の鋳物師仙台城下北目町の大出屋十代津田甚四郎により鋳造。像高3.30m・面部1.11m・胴まわり5.10m・剣1.86m・火焔の高さ5.10mに及ぶ非常に大きな金銅不動明王坐像。平成23年の東日本大震災による損傷があり、平成26年には鎮座以来初めて堂外に持ち出され、埼玉県川口市にて大掛かりな修復作業が行われました。平成27年4月に再び秋保大滝の地に戻り、造像当初を思わせる黒々した青黒の胴体と、色あせていた光背も赤々とした大火焔に塗りなおされ、堂内に鎮座されています。
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中興開山知足上人(​不動尊中興の祖木食知足上人)…『現在の不動堂とご本尊・不動明王坐像を建立されたのが秋保大滝不動尊中興の祖といわれる知足上人である。上人は滝原の佐藤家に生れ幼名を太作といった。幼少の頃、母が目の病いで苦しんでいるのを見て、母の目が治るようにと何日にもわたり大滝のお不動さまに祈り続けた。するとある時、母親の目の病が治り、見えるようになったのである。太作はこの出来事をきっかけに、お不動さまへの報恩謝徳の志を深め、不動堂別当、西光寺の順昌法師の弟子となる。19歳の時に仙台城下八幡町龍宝寺で得度し、名を岳運と改め出家する。出家後すぐに日本回国修行に出かけ、1年以上にわたる旅の中で高野山や四国・中国、九州にまで足を運んだ。無事に戻った際には、境内に「大聖不動明王」と彫られた大きな石碑を建てている。この回国修行の後、再び名を改め「知足」となった。その後は、近くの大岩山に籠もって断食の修行をしたり、羽黒山荒沢寺で千日の五穀を断つ荒行を積み、「木食行者」となる。その後、不動堂の中興を発願し、文化元年(1804)から19年間、奥州をくまなく巡錫して喜捨をうけた浄財で文政8年(1825)に不動堂建立、翌9年(1826)には現在のご本尊である不動明王坐像の開眼が行われた。不動尊像、不動堂の完成後も上人は各地を巡錫した。その際に書いたと言われる書が各地に数多く残っている。そして文政11年(1828)9月5日、上人が40歳の時、衆生済度の本願を発し大滝の岩頭から投身遷化したと伝えられる。滝見台への道沿いに「大滝中興開山贈法印岳運」と刻まれた2メートル余りの五輪塔が立っており、これが知足上人のお墓として現在にいたるまで守り継がれている。』※公式HPより一部抜粋
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不動堂は方三間の宝形造りで、軒回りに十二支などの彫刻があり、その中には「鯉」が隠されていて、それを二人で見つけると「恋」が成就するとも。
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狛犬一対。
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パンフレットより一部抜粋…『平安初期、慈覚大師円仁の開基と伝わり、立石寺(山寺)の奥の院としての歴史があります。東北三十六不動尊霊場の一つ。不動堂は1825年、木食知足上人が再興したもので、高さ3.3mの金銅不動明王座像が安置されています。東日本大震災で損壊しましたが、2015年春に修復され、その威光は見る者を圧倒します。』
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パンフレットより一部抜粋…『平安初期、東北巡錫の折、山寺へ向かう慈覚大師(円仁)が大滝の荘厳さに心打たれ、不動明王を安置したころに始まり、古くは山寺立石寺の奥ノ院とも位置づけられています。江戸後期、地元滝原に生まれた知足上人が中興開基し、現不動尊像と不動堂を建立しました。本尊は伊達家の鋳物師、津田甚四郎の鋳造で、地方には珍しい秀作と伝わり、高さ3.3m、胴回り5.1m、膝回り7.2m、火焔の高さ5mの青銅製の不動明王座像です。不動堂は宝形造の銅板葺で三間四方、一間の向拝で縁を巡らし、軒巡には彫刻が施され、内部の天井は、草花が描かれた格天井になっています。十二支や鯉の彫物を見つけると願いが叶うとされています。』
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パンフレットより一部抜粋…『滝原生まれの少年「太作」は、幼い頃から親孝行だった。母の眼病の快癒を願い、大滝で祈願して治ったのをきっかけに仏門に入り、厳しい修行をして、木食上人となった。20年余り奥州を巡り、喜捨を仰ぎ、不動堂を再建し大滝不動尊座像を鋳造したんだと。衆生済度の本願を発し、大滝の岩頭から投身遷化を遂げたんだとさ。』・『大滝不動尊開山の祖は慈覚大師(円仁)ですが、現在の不動堂とご本尊・不動明王坐像は大滝不動尊中興の祖といわれる知足上人が建立しました。地元の滝原出身で、母の眼病平癒を大滝に祈願して治ったことを機に仏門に入り、厳しい修行を経て木食知足上人となりました。二十余年奥州を巡って喜捨を仰ぎ、不動堂を再建して、大滝不動尊坐像を鋳造。40歳の時、衆生済度の本願を発し、大滝の岩頭から投身遷化したと伝えられています。』
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パンフレットの写真。
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さて、秋保大滝へ向かいます…が、長くなりましたので『秋保大滝 (仙台市)』へ続く…
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