秋田県北秋田市阿仁銀山。


庄司乙吉翁漢詩碑。
山門。
(真宗大谷派)金山善勝寺…『慶長年間(1596年)清和源氏木曾義仲の四天王の筆頭にして乳兄弟であり、巴御前の兄今井権四郎兼平の子孫、今井了順の開基である。〇大阪商人、高岡八右衛門の墓(町指定文化財)白狐の化身である別れた女房のお告げによって小沢鉱山を発見し、その名を天下に挙げた偉人である。〇庄司乙吉翁漢詩碑〇庄司喜孝翁追思碑』阿仁町観光協会

親鸞聖人像。

庄司喜孝翁追思碑…『庄司喜孝翁追思碑 正三位勲一等尾崎行雄題額 翁姓庄司氏諱喜孝通稱友五郎別號誠義父諱喜賢稱彦左衛門翁其次子以天保十一年九月生於羽後水無村其族諱喜昌稱宰吉無子養翁為嗣翁為人温厚摯實有長者風常以身任公事専心竭力莫不至為衆倚信之推舉村總代後為郵便局長兼戸長收入役町會議員學務委員其於町政通信事務所貢獻甚多官録功績敘正八位勲八等捐貲助公事廔賜褒賞阿仁川奮以渡舟通住來衆苦不便及翁為戸長刻苦經營架橋曰喜鵲橋里人徳之明治四十二年二月三日病歿享壽七十佛諡曰最勝院釋良知禪士塟於金山善勝寺塋域配北村氏生四男五女長龜治承家次乙吉別成家居大阪餘蚤折女出適人翁胒事公務殆四十年恪勤勵精未曽以繁劇言勞暇則作俳句嘯風吟月以為樂郷黨僉慕其徳及歿識與不識莫不悼惜頃者里中親故相謀立碑以追思遺徳並使後人有所觀感銘曰為公志身或有其人世慕遺徳君子所難豈可無傳勒銘貞珉 昭和四年歳在己巳十月立 香川 長尾甲撰并書 能代三輪嘉尚彫』※かなり自信なし
参道。
パンフレットより…『慶長元年(1596)銀山町に善勝寺が開基(※阿仁鉱山年表より)』・『1623年に開山した真宗大谷派の寺院。本山は真宗本廟(東本願寺)』・『【高岡八右衛門の墓】小沢鉱山発見にまつわる「狐女房」の伝承(極印沢の銀狐)…高岡八右衛門がある日帰宅すると、妻は不在で白狐が寝ていました。追い払おうとすると白狐はたちまち妻の姿に変わり、家を出て行ってしまいました。妻恋しさに後を追った八右衛門ですが、とうとう妻は見つかりませんでした。可哀想に思った白狐は、ある日八右衛門の夢に出てきて、銀が出る場所を教えました。』・『浄土真宗大谷派のお寺で、元和9年に京都の東本願寺から寺号を拝領し、開創しました。阿仁五ヵ寺の中でもっとも隆盛しました。【高岡八右衛門の墓碑(市指定文化財)】阿仁鉱山が全国的に有名になるきっかけとなった「小沢鉱山」を発見した人物の墓碑です。 』


本堂。








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