『北上市和賀郡総鎮守諏訪神社 』からの続きです。

手水舎(昭和19年)


石灯籠一対(明治4辛未年4月)


Wikipediaより一部抜粋…『【主祭神】建御名方神、天照皇大神、大山津見命、品陀和気命、菅原大神保食神【社格等】旧郷社【創建】大同2年(807年)【別名】北上諏訪神社、お諏訪さん【例祭】9月7日【概要】北上市役所とJR北上駅の狭間にある市内の中心的な神社である。大同2年(807年)、桓武天皇の勅命で坂上田村麻呂将軍が東夷征定の時、当地方の開発と産業の発展を祈願し、信濃の諏訪大社から勧請されたのが創建とされ、その後時代とともに五柱の神が合祀された。その後、慈覚大師(円仁)が諸堂を建立し、冷泉天皇の勅命で源頼義が安倍頼時を征定する際に祈願をし、報賽によって社殿を修築した。諏訪神社は元来、元宮の地(市内幸町)に鎮座していたが、八代盛岡藩主・南部利視の崇敬が篤く、享保19年(1734年)に現在地に社領を賜った。神仏混淆の時代には諏訪山護国寺と云い、一寺一社の社格だった。また、諏訪宮・お諏訪さんと称えられて各町村民の信仰が篤かった。明治維新後は、社名を諏訪神社と称し、北上市・和賀郡一円の総鎮守・氏神として旧社格郷社に列せられた。【境内】本殿・幣殿・拝殿、社務所、参集殿、手水舎、御神木・サワラ(ひの木科)、神門、鳥居、石灯籠・狛犬【石碑】●松尾芭蕉句碑「初時雨 猿も小蓑を ほしげ也 (はつしぐれ さるもこみのを ほしげなり)」---不動尊左脇。黒沢尻地方の俳人グループ玄皐連(げんこうれん)が天明元年(1781年)10月12日建立。●本殿修造・拝殿造営記念碑---昭和3年(1928年)に御大典(昭和天皇即位)記念として、本殿修造・拝殿造営をした際の寄付者記録。●行茶記念碑---昭和51年(1976年)6月の皇風煎茶みちのく全国大会を記念して平成元年(1989年)5月に建立。●茶碗塚---北上市茶道協会が10周年を記念して平成元年(1989年)建立。●扇塚---北上民舞踊協会が、平成3年(1991年)に建立。●絆碑---北上西ロータリークラブと台北西ロータリークラブが、東日本大震災復興祈願で平成26年(2014年)建立。【境内社】●稲荷神社(祭神・倉稲魂神、本社・伏見稲荷神社)●金勢社(祭神・猿田彦大神、本社・巻堀神社)●八坂神社・金比羅神社(祭神・素戔嗚命/大物主神、本社・八坂神社/金刀比羅宮)●秋葉神社(祭神・迦具土神、本社・秋葉山本宮秋葉神社)●不動尊【境外社】●大黒神社(祭神・大国主命、諏訪神社例大祭時の御旅所)●大和神社(祭神・日清日露戦役・日中戦争及び太平洋戦争における北上・東和・湯田・沢内各市町村戦没者2174柱)●八甲田行軍遭難者慰霊碑【祭事】●1月1日-歳旦祭●1月15日-焼納祭(どんと祭)午前5時祭儀●2月3日-節分祭●2月11日-紀元祭●2月17日-祈年祭●3月25日-秋葉神社例祭●4月第4日曜日-火防祭神幸祭(町内の山車は前日より巡行)●4月29日-御旅舎鎮座 大和神社前夜祭●4月30日-大和神社例祭●6月30日-水無月大祓式●7月9日-金比羅神社宵宮祭●7月14日-八坂神社宵宮祭(きゅうり天王さん)●7月16日-金勢社宵宮祭●7月17日-秋葉神社宵宮祭●7月18日-稲荷神社宵宮祭●7月27日-不動尊宵宮祭●9月6日-例祭 前夜祭●9月7日-例祭 神幸の儀(御旅舎着輿)奉納大演芸会●9月8日-講社祭(崇敬奉賛会大祭)奉納大演芸会●9月9日-還幸の儀(御旅舎から御本社着輿)●11月23日-新嘗祭(新穀感謝祭)●11月下旬-神宮大麻・お年神様頒布始祭●12月27日-師走大祓式・年越祭●12月31日-除夜祭●毎月1日-一日詣●毎月7日-月次祭』


サワラ。
落雷により空洞ができて東側に傾いています。
サワラ(保存樹木指定標識・H16年11月看板作成)…『【指定番号】樹木第7号【指定年月日】昭和48年10月19日【所在地】北上市諏訪町1丁目217番諏訪神社境内【樹種】サワラ【樹齢】500年【本数】1本【由来伝説】根元空洞で諏訪神社境内で代表する樹木であり神木の貫禄充分である。【所有者(占有者)】住所:北上市諏訪町一丁目3番9号。氏名:宗教法人諏訪神社代表役員田村幹雄』

参道。
神社庁より…『【御祭神】建御名方命、天照皇大神、大山津見命、品蛇和気命、菅原神、保食神【例祭日】9月7日・8日・9日【由緒】諏訪神社は云い伝えによれば、大同2年(807)皇紀第五十代桓武天皇の勅命により、坂上田村麻呂将軍が東夷征定の時、当地方の開発と産業の発展を祈願し、信濃の国諏訪大社建御名方命の御分霊を初め五柱の神様を勧請し建立されたと云われております。その後、慈覚大師が諸堂を建立し、御世第七十代後冷泉天皇の勅命を蒙り、源頼義、安部頼時を征定の際祈願をいたし、報賽によって社殿を修築されました。諏訪神社はもと、元宮の地(市内幸町地内)に鎮座しておりましたが、南部家二十九代藩主重信公崇敬篤く享保19年(1734)に現在地に社領を賜りました。神仏混淆の時代は諏訪山護国寺と云い、一寺一社の社格でした。又、諏訪神社は、諏訪宮・お諏訪さんと称えられて各町村民の信仰が篤く、御神徳が益々昂揚されました。この地方に長く伝えられたという川岸剣舞(廃絶)は諏訪大明神のお告げによって、前九年の役で滅んだ黒沢尻五郎正任の亡霊を鎮める為に舞ったのが始まりといわれ、諏訪神社の神事芸能でありました。明治維新後は、社名を諏訪神社と称され北上市・和賀郡一円の総鎮守・氏神様として郷社に列し、歴代尊崇変わる事なく、神威益々厳然として現在に至っております。旧社格郷社。平成19年御鎮座千二百年を迎え、奉祝記念大祭を厳粛に壮大に執り行われました。記念事業の一端として、社殿・社務所・参集殿増改築工事をし、神威あらたに北上市・和賀郡の総鎮守氏神として尊崇変わることなく崇拝を賜っております。境内末社には、秋葉神社・八坂神社・金比羅神社・稲荷神社・金勢社があり、7月14日の八坂神社の宵宮祭は「きゅうり天王さん」と氏子崇敬者に親しまれ、きゅうりを奉納して無病息災・身体健護の神霊の強いみ光を仰ぎ一層のご神徳をいただいております。』・公式HPより一部抜粋…『云い伝えによれば、大同二年(八〇七)皇紀第五十代桓武天皇の勅命により、坂上田村麻呂将軍が東夷征定の時、当地方の開発と産業の発展を祈願し、信濃の国諏訪大社建御名方神の御分霊をはじめ、その他時代とともに五柱の神様を勧請し建立されたと云われております。その後、慈覚大師が諸堂を建立し、御世第七十代後冷泉天皇の勅命を蒙り、源頼義、安部頼時を征定の際祈願をいたし、報賽によって社殿を修築されました。諏訪神社はもと、元宮の地(市内幸町地内)に鎮座しておりましたが、八代盛岡藩主・南部家三十三代利視公崇敬篤く享保十九年(一七三四)に現在地に社領を賜りました。神仏混淆の時代は諏訪山護国寺と云い、一寺一社の社格でした。又、諏訪宮・お諏訪さんと称えられて各町村民の信仰が篤く、御神徳が益々昂揚されました。この地方に長く伝えられたという川岸剣舞(廃絶)は諏訪大明神のお告げによって、前九年の役で滅んだ黒沢尻五郎正任の亡霊を鎮める為に舞ったのが始まりといわれ、諏訪神社の神事芸能でありました。明治維新後は、社名を諏訪神社と称され北上市・和賀郡一円の総鎮守・氏神様として旧社格郷社に列しました。主祭神である建御名方神は、開拓の神・軍神として知られ、また農耕神、狩猟神として信仰されています。風の神ともされ、諏訪の神が神風を起こしたとする伝承もあることから武運の長久と国家安泰の神であり、御祭神名の「ミナカタ」は「水潟」の意であり元は水神であったと考えられます。広くは雨・風の守り神、水の守護神で五穀豊穣の神で生命の根源・生活の源を守る神であり、家内安全・健康長寿・商工業の繁栄・開運招福など、他にも合祀されている五柱の神をはじめ、末社の神々の強いみ光を仰ぎ御神徳は広大無辺であります。平成十九年御鎮座千二百年を迎え、奉祝記念大祭を厳粛に壮大に執り行われました。記念事業の一端として、社殿・社務所・参集殿増改築工事をし、神威あらたに北上市・和賀郡の総鎮守氏神として歴代尊崇変わる事なく、神威益々厳然として現在に至っております。【年中行事】毎月1日一日詣・毎月7日月次祭・1月1日歳旦祭・1月15日焼納祭(どんと祭)午前5時祭儀・2月3日節分祭・2月11日紀元祭・2月17日祈年祭・3月25日秋葉神社例祭・4月21日火防祭神幸祭(町内の山車は前日より巡行致します)・4月29日御旅舎鎮座、大和神社前夜祭・4月30日大和神社例祭・6月30日水無月大祓式・7月9日金比羅神社宵宮祭・7月14日八坂神社宵宮祭(きゅうり天王さん)・7月16日金勢社宵宮祭・7月17日秋葉神社宵宮祭・7月18日稲荷神社宵宮祭・7月27日不動尊宵宮祭・9月6日例祭、前夜祭・9月7日例祭、神幸の儀(御旅舎着輿)奉納大演芸会・9月8日講社祭(崇敬奉賛会大祭)奉納大演芸会・9月9日還幸の儀(御旅舎から御本社着輿)・11月23日新嘗祭(新穀感謝祭)・11月下旬神宮大麻並お年神様頒布始祭・12月27日師走大祓式、年越祭・12月31日除夜祭』

石灯籠一対(昭和49年3月吉日)


社殿。
拝殿向拝。
拝殿内。

楠木正成。
『騎馬した武者姿は楠木正成(くすのきまさしげ)で、言い伝えによると、この石造は旧黒沢尻小学校の校庭にあったが、戦後を機に誰かが安全な場所として境内に運んだといわれている。楠木正成とは、南北朝時代の武将、河内の豪族。元弘1年(1331年)後醍醐天皇の幕府討伐(足利幕府)に参加。一時は足利尊氏を追討したが、再挙した尊氏の大軍と湊川で奮戦、敗死する。天皇に忠誠を尽くした武将であった。』※公式HPより
古札納所。

境内社を紹介していきます。
稲荷神社参道・鳥居。


稲荷神社…『【御祭神】宇迦之御魂神【御本社】京都府京都市伏見区深草鎮座、旧官幣大社、伏見稲荷神社【御神徳】祭神名の宇迦の「ウカ」は穀物・食物の意味で、穀物の神である。他に「ウケ」も同様に穀物・食物の意味とされる。衣食住や五穀豊穣や豊作祈願に加え商売繁盛などの御利益がある。御祭神の別名が御饌津神(みけつかみ)と言い、これが漢字で「三狐神」と書けることなどから、お稲荷様のおつかいが狐(きつね)となった説がある。稲が成る(イナリ)ことから、稲作と関わりが深く、お稲荷さんとして古くから慕われ身近な神様として信仰される。【祭日】宵宮祭7月18日』

手水石。

石灯籠一対。


稲荷神社。御祭神は倉稲魂神。

稲荷神社の裏へ続く道。

う~ん…何かはわからず。

こちらは穴はないですけど狐穴的な場所でしょうか。


裏側に回ると…

こうなっていました。

金勢社。

金勢社…『【御祭神】猿田彦大神【御本社】盛岡市巻堀字本宮(旧玉山村)鎮座、旧村社、巻堀神社【御神徳】金勢とは光り輝く立派な物を意味し勢力絶倫の事である。御祭神の猿田彦大神は神話から、みちびきの神、みちひらきの神であり、出世開運、恋愛成就、子授け、子孫繁栄のご利益がある。願いが叶った参拝者が男性器を模した物を奉納されている。また、腰からの下の病気にもご利益がある。令和二年御即位御大典事業にて新築改修工事がなされた。【祭日】宵宮祭7月16日』

男性器を模した物が奉納されています。

金比羅神社・八坂神社


金比羅神社…『【御祭神】大物主神【御本社】香川県仲多度郡琴平町鎮座、旧国幣中社、金刀比羅宮【御神徳】もとはインドクンピーラ神で、後に神徳から大物主神となる。クンピーラ神は、ガンジス川に住む鰐(ワニ)が神格化されたもので、海神や龍神とされ、海難や雨乞いの守護神五穀豊穣をもたらす神で、田植えの時期に干ばつにならぬよう祈願した。農業殖産、漁業航海、水上安全、医薬、技芸の神徳を持つ神である。また、金銭の融通を司る神である。【祭日】宵宮祭7月9日』※令和2年に天皇陛下御即位記念事業にて増改築工事がなされています。

八坂神社…『【御祭神】素戔嗚命【御本社】京都市東山区祇園町銀座、旧官幣大社、八坂神社【御神徳】牛頭天王(もとはインドの祇園精舎を守護する神様)が、のちに須佐之男命と習合され祀られている。ヤマタノオロチを退治し草薙剣を得て災厄を祓う神力から、疫病消除、病魔退散、身体健康に霊験あらたかな神である。昔、疫病がはやり水が飲めなくなった時、きゅうりから水分を取ったことから、宵宮祭にはご加護を賜る為きゅうりを奉納する。当地方ではきゅうり天王さんと親しみを込めて崇敬されている。令和2年御即位御大典事業にて向拝増設改修工事がなされた。【祭日】宵宮祭7月14日』※令和2年に天皇陛下御即位記念事業にて増改築工事がなされています。

秋葉神社。

手水石。

『迦具土神は伊邪那岐伊邪那美二柱神の最後の子であり、日常生活に欠かすことの出来ない火を司る神である。防火の神としても著名であり、火災はこの神が荒ぶる時に起こるといわれている。』※公式HPより

秋葉神社…『【御祭神】火之迦具土大神【御本社】静岡県浜松市天竜区春野町領家鎮座、旧県社、秋葉山本宮秋葉神社【御神徳】秋葉山は古より神体山・霊山として仰がれており、その後仏教や修験道が入ることで神仏習合の霊山として発達し、秋葉信仰が全国に広まり分社としてここに鎮座した。火の幸を恵み、悪火を鎮め、諸厄諸病を祓い除く火防開運の神。この神が荒ぶると火災が起こるとされ、御霊を鎮め和める火防祭を執り行なう。祭日には町内で山車をつくり巡行する。また、火を生業とする職人や工業の安全と発展の御利益がある。【祭日】例祭3月25日、神幸祭4月第4日曜日、宵宮祭7月17日』













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