北秋田市上杉塚ノ岱。上杉館跡。
社号標「上杉八幡神社」(1997年4月15日、株式会社佐藤庫組代表取締役佐藤吉廣)

上杉は阿仁川下流域の右岸部に位置。地名は杉宮の地形を受けて上杉宮・下杉宮となり、後に宮の字を省略したものと推測。戦国期に見える上杉宮村ははじめ陸奥国管内。秋田氏領となり、出羽国秋田郡に所属。天正19年正月17日豊臣秀吉が秋田実季の当知行を安堵した朱印状写に「新田目村・上杉宮村」62石余と記載。中世ではこれが唯一の所見史料。阿仁地方の村々を記載された中に見えるので当村も近世の上杉村に継承された村と比定。並記された新田目村も小村ですが、それを差し引いても石高で見る限り当村も小村扱いです。秋田氏家臣上杉半左衛門が居住した城館址があるといいますが館址は未確認。集落背後に祀る八幡神社は上杉半左衛門が文禄年中に勧請と伝えられます。「町史」では秋田家奉行として活躍した上坂半左衛門を上杉半左衛門と同一人物としますが未詳。八幡社と杉宮の社堂との関係も未詳。江戸期以降に見える上杉村は出羽国秋田郡南比内のうち。秋田藩領。当初は下杉村(中世末期の下杉宮村)を枝郷として1村を構成したとみられ、「正保国絵図」でも下杉村は枝郷として郷形のみを図示し上杉村541石と記載。延宝2年頃に下杉村(下杉新田村)を分出し、代わりに台地北方の金沢村を枝郷とし「元禄7郡絵図」も541石余。その後、八幡岱新田村形成に際して金沢村を分出。「享保黒印高帳」で村高694石余・当高513石余(うち本田403・本田並46・新田64)と認定。村の範囲はこの時点で確立しますが阿仁川の洪水による被害が大きく、明和元年に打直し検地を実施。「寛政村附帳」で当高291石余(うち蔵分290・給分1)と認定。「秋田風土記」では514石余、「天保郷帳」は513石余。戸数は「享保郡邑記」で125軒、「秋田風土記」で68軒。村鎮守は八幡社。寛永2年に金沢村より真言宗寒相寺を当村に移し、明暦年間以降曹洞宗四海山太平寺(米内沢村竜淵寺末寺)と寺号改称。他に修験観重院(観寿院)があります。主な用水は道城村から導入する三ケ村堰により、のち八ケ村堰に切り換え。万治3年八木橋村から当村に移住した工藤氏は、天和元年から肝煎を世襲的に勤め、5代肝煎甚兵衛は村の起返新開の功により、寛政12年苗字御免・生涯2人扶持を許可されます。当地方の経済状況を記した「永々万日録大帳」など貴重な肝煎家文書を伝えます。菅江真澄も当村肝煎工藤嘉吉について記しています(久保田の落穂)。舟運・海運に従事して、元禄年間に藩の御用金に応じた「新田屋」二階堂氏、酒屋を営む豪農で天保年間に士分に取り立てられた関氏、幕末に阿仁の御山守を勤め苗字帯刀5人扶持を認められた米沢氏などがいます。村は享保6年以後、親郷不設置の大阿仁下郷の村中の1村として、郷用は年行事が勤めます。周辺農村が草飼場として入り会う大野台台地は当村の管轄下にあり、文化4年には入会村より鎌代として6貫文を徴収した記録があります。明治8年上杉学校創設。同22年北秋田郡大野村の大字。

参道鳥居。
社号標「村社八幡神社」(大正8年10月7日建立)

狛犬一対(大正7年7月吉辰、上杉村総若勢)
参道。
鳥居。

参道石段。

石段途中の鳥居2基。


石段上。
参道を振り返るの図。
狛犬一対(大正7年7月吉日、神社新築紀念、上杉村総若勢)
社殿前参道。
石灯籠一対(昭和37年4月15日、上杉総若勢)


石灯籠の苔チェック。


社殿。
手水舎。

手水石。

唐破風懸魚、蟇股、木鼻、海老虹梁等。
御祭神は誉田別命、宇迦能御魂命、豊受大神。例祭日9月15日(第3日曜日)。特殊神事:通夜祭(旧暦1月15日)湯立神事。
『鎌倉時代の末期に創立せられ文禄年間城主上杉半左衛門再建施主といい伝えられている。往古より鎮守社として尊崇され、大正6年移転改築と共に本殿幣殿を新築す。明治6年村社に列す。昭和43年長床を新築す。昭和52年本殿の屋根を新たに銅板で葺き替え、幣殿と拝殿の入口の屋根をトタンに葺き替え、又廊下を改修す。昭和64年三吉神社を再建す。長床の屋根トタンを葺き替える。平成3年春、参道、石段両側手摺設置工事。平成10年9月拝殿内床修復工事、畳(幣殿含む)取替工事、拝殿全面サッシ戸入替工事。平成14年長床、畳取替工事及、内部壁塗り替える。平成17年大鳥居(石造)大改修。平成19年10月防雪用組立式構造(本殿、拝殿全面)工事終了。』

小さな梵鐘がありました。


拝殿内。写真がたくさんあります。
幣殿・本殿。
境内で苔チェック。

石殿一基。何かは不明。ちなみに神社庁によりますと、境内神社として稲荷神社、唐松神社、金毘羅神社、三吉神社、相染神社、庚申神社があります。

土俵でしょうか。

こちらの建物は不明。

招魂之碑。

裏面碑文は明治27、28年戦役病歿者、明治37、38年戦役戦死及病歿者名

石殿二基。

一基は稲荷大神。

もう一基はわからず。


上杉天満宮賛助金奉納者御芳名。

上杉天満宮。



拝殿内。

本殿。

神厩舎。

御神馬。

こちらは不明。

三吉神社。

三吉大神(明治3庚午9月)

石碑横の石殿や馬等。

こちらはちゃんと見ていませんが…

「奉斎猿田彦大神…」「大円鏡智茲相値庚申年青面金剛尊供養専祈…」「五穀豊穣、講中安全、地域興隆…」などとあります。


ちょっとオシャレな建物。

中の社殿も立派です。
何かはわからず。上記の境内神社のいずれかでしょう。

こちらは稲荷大神。

狐一対。

隣の石殿にはノジュールのような石。

庚申塔(寛政12年庚申8月10日)と青面金剛。































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