岩手県奥州市水沢佐倉河宮ノ内。かつての八幡村。八幡村は北上川と胆沢川の合流点、胆沢扇状地の北上川氾濫原に位置。村名は安永風土記によりますと、延暦20年に征夷大将軍坂上田村麻呂が蝦夷征討の折、当地に八幡宮を勧請したことに由来すると伝えます。当地には古代胆沢城が造築されました。延暦21年に征夷大将軍坂上田村麻呂は造胆沢城使に任命されており、同年内に築城は完工したと伝えます。その跡地は江戸期にも「方八丁」と呼称されていました。八幡村は戦国期に既に見える村名であり伊沢郡のうち。伊沢八幡宮(鎮守府八幡)の在所。天文8年、柏山明吉は石川太郎に対して「伊沢郡柳田村ニ而二千苅、八幡村ニ而三千苅」を給与。石川氏は平泉地蔵堂の開祖と推定。八幡八ツ口の八幡古館は古代の胆沢城北外郭線近くの河岸段丘上にあります。比高5m、東西50m、南北500mの小山。頂上周縁に空濠を廻らします。館主は不明。八幡北館の川端館は胆沢城の東郭にあたります。古代の遺構を再利用したもので空濠跡を残します。館主は不明。下代の真言宗医王山伯斎寺は慈覚大師の嘉祥年間開山と伝えます。はじめは天台宗。境内に薬師堂が建っています。伊沢八幡宮鳥居前の藪中には鎌倉中期の弘長7年の板碑及び無年号の板碑があります。伯済(廃)寺薬師堂境内にも無年号板碑1基があるそうです。江戸期以降の八幡村は胆沢郡のうち。仙台藩領。村高は寛永検地192貫余(田186貫余・畑6貫余)、元禄郷帳1,767石余、安永風土記142貫余(田131貫余・畑10貫余)、天保郷帳1,938石余、旧高旧領1,422石余。明和9年の家数86。安永風土記によりますと、蔵入地34貫余・給地107貫余、人頭90(うち寺2)、家数95(うち水呑5)、人数493(男264・女229)、馬5、舟9(うち大渡舟1・舟橋舟5・御穀瀬取艀下舟1・渡舟1・作場通用舟1)、村の広さは南北9町余・東西12町余。神社は鎮守府八幡社・伊勢社・祇園社・新山社・飯綱社・加茂社・白山社、寺院は修験宗峨等山宝積院・真言宗医王山伯斎寺、ほかに薬師堂・弁財天が見えます。また、用水は若柳村三堰よりの引水で溜高108貫余、同村茂井羅堰よりの引水で溜高23貫余。旧跡として方八丁(胆沢城跡の土手)があります。明治元年沼田藩取締、以後前橋藩取締、胆沢県、一関県を経て、同4年水沢県所属。同8年宇佐村の一部となっています。
鳥居。
社号標。

鎮守府八幡宮鳥居建立寄附者芳名(昭和45年9月建立)

鳥居付近の石碑。

「鎮守府八幡社從是五町三十七間」と見えます。

こちらは中央に「奉納八幡草分人家十二家…」と見えます。紀年銘は昭和18年3月かな。

胆沢城跡(外郭北門方)に鎮座。

胆沢城跡については別記事にしております。

墓碑。

Wikipediaより一部抜粋…旧社格は県社。『吾妻鏡』に源頼朝が胆沢郡鎮守府に鎮座する八幡宮に参詣した事が記されている。征夷大将軍坂上田村麻呂が東夷の為に下向した時に勧進され、田村麻呂の弓箭や鞭などが宝蔵に納められていると創建の由来を記している。これは平安京に八幡宮が勧進される以前に、田村麻呂により鎌倉方が崇敬する八幡神が胆沢郡の鎮守府に勧進されていた事に驚いて記述した。大正11年(1922年)に県社に列した。

最初の鳥居から結構離れています。
車で来ることは可能です(駐車場あり)。
社号標(昭和63年9月15日、八幡青年会・八幡昭和会・協賛諸団体、水沢市(有)佐々木石材店)

鎮守府八幡宮略記…『當宮御祭神は国家を鎮護し学問産業を盛んにし災を除き人の一生を守り給ふ八幡の大神とまをし。誉田別尊、息長帯姫命、市杵島姫命の三神にまします。桓武天皇、延暦20年に坂上田村麻呂をして東奥鎮撫のとき崇敬勅請せらる。宇佐八幡神霊、この地に鎮まり給ひ、鎮守府八幡宮と号して東北開拓経営の守護神となられ給ふ。国家の崇敬厚く嵯峨天皇より宸筆の八幡宮印を賜る。源頼義、源義家、奥州藤原氏は共に神威を蒙り報賽するに神領神宝をもってす。文治5年、源頼朝は殊に欽仰し神事悉く幕府の御願とし陸奥出羽両国の官物をもって諸祭を執行し恒例とす。豊臣秀吉及び伊達氏も亦厚く崇敬し社殿を奉納す。文化年中、伊達藩奥七郡の総寄進をもって現社殿を造営す。明治9年御巡行のとき、明治天皇の御代拝を賜る。朝廷将軍領主庶民の崇敬厚きにより県社に列す。祭日例祭9月15日、加勢祭旧正月8日』

鳥居。

参道。
灯籠一対。


こちらには…


石碑がたくさん。



馬櫪神(大正13年2月13日、大正15年6月7日、昭和4年旧9月4日)、馬頭観世音(明治32年旧2月3日、明治13年正月10日、昭和2年旧3月3日、明治15年7月2日)、庚申塚、古峯神社、雷神塔などなど。全部は紹介しません。


金華山。


古峯神社・雷神塔。

天照皇大神。


湯殿山。

羽後一ノ宮鳥海山。

大國主命。

宇佐神宮(九州宇佐神宮参拝記念、しめ縄奉納会)

ってことで、長くなりましたので『鎮守府八幡宮 ~其之弐』に続く。







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