1
秋田県能代市河戸川相染森。すぐ近くには脇廼澤稲荷神社(柏子所)も鎮座しております。
2
河戸川についてです。かつては川戸河とも記しました。米代川下流左岸、三頭・赤両沼の中間に位置。河戸川村は戦国期から見える村名で出羽国檜山郡のうち。天正19年正月吉日の豊臣秀吉が秋田実季の当知行地を安堵した朱印状写に、浅内村と併記して「川とかわ村」とあるのが初見となります。八郎潟岸をめぐり北上する街道が集落を縦断して能代港に達します。熊野社は修験で別当は近世大頭職を勤めたといいますが古縁起は不明。村域は集落の南側に広く浅内と隣接。江戸期の河戸川村は出羽国山本郡(寛文4年まで檜山郡)のうち。秋田藩領。高は正保国絵図で本田当高168石余、享保黒印高帳で村高472石余・当高337石余(うち本田84・本田並46・新田207)、寛政村附帳で当高241石余(うち蔵分3・給分238)、秋田風土記で高338石余、天保郷帳で337石余。家数及び枝郷は、家数53軒(うち枝郷小野沢15)、寛政期枝郷は小野沢、文化期家数68軒(枝郷小野沢を含む)。各村落の初立をみると小野沢は延宝3年に始まります。生業は漁猟。明治22年山本郡浅内村の大字となります。昭和30年からは能代市の大字。
3
参道石段。
4
秋田県WEB観光案内所HPより…『相染森集落は大間越街道沿いある集落です。特に大きな集落ではないのですが、台地との接点にある為、相染神社や脇沢稲荷神社、庚申塔などが置かれ旧街道の面影が残る空間にも出くわす事が出来ます。又、相染森集落付近には縄文時代の遺跡が多く貝塚からは魚貝類などが多く発見され、地名でも出戸や長崎など海に関連する名前が多くこの付近まで海だった事が考えられます。』
5
『相染神社は金光寺台地の先端に鎮座しています。地形が変わる所には場所に対する信仰があり、坂の前や頂上、橋の袂には石碑や庚申塔などを良く見かける事が多いと思います。相染は馬の神様と云われ馬頭観音が祀られれいる例を多く見ます。大間越街道沿いでは相染や相染様といって祭っている集落が多く、相染講のような民間信仰のようなものがあったのかも知れません。賛同は森に囲まれて静寂の雰囲気のする空間で、社殿の建築年は分かりませんでしたが、下屋がぐるりと廻りあまり見た事の無い形式を取っています。「秋田の神々と神社」では祭神は豊受大神で、神仏分離令の祭に祭神を変えたのではないかと書かれています。』
6
末社。
7
何かはわからず。
8
石灯籠一対(文久3年癸亥7月吉日、田中吉四郎)
9
9.5
社殿。
10
神社庁より…『【御祭神】豊受大神【例祭】7月27日【由緒】当神社の沿革には不明な点が多いが、浅野家に伝わる家系図によると、寛文3年仁井田村真山神主浅野掃部の一族が河戸川に引き移り熊野神社・相染神社・磯前神社に奉仕したことを伝えている。つまり相染神社はそれ以前、相当古い時代から相染森の鎮守として存在していたようである。』
11
拝殿内。
12
鳥居壱基奉納(昭和55年7月18日)
13
いかにも相染神社!!という感じでした。
14
14.2
14.4
14.8
にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 東北情報へ