岩手県奥州市前沢生母伏畔。地名の由来は赤生津の「生」と母体の「母」をとって名付けられたもの。北上川の段丘上に位置。八重垣神社は旧母体村鎮守。昌泰4年(901)に菅原道真が大宰府に流されたとき、道真の妻は3人の子どもとともにこの地を治める地方役人を頼ってやって来ました。母子は離れ離れに暮らし、道真が亡くなって3年後の延喜6年(906)にその妻も亡くなりました。母の体がこの地に弔われたことから、それ以降「母体」と呼び、今でも母体の一部であった一関市東山町田河津にはその墓が残ります。

社号標は昭和12年4月25日、鳥居は昭和19年10月25日。
土佛観世音と刻む碑(昭和6年8月17日)

参道と鳥居跡。

参道石段。140段ほどあります。


境内社。

何かはわからず。社殿裏に文化3年4月の紀年銘で當金剛山開湯者名が刻まれた巨石がありますが何かは不明。

参道に戻ります。

参道石段新設記念碑(昭和38年11月20日)。下部に宮司・総代・石工名が刻まれます。

雷神(大正8未年6月15日)

石段から先の参道は整備が微妙です。

若木山神社と刻む碑。

山頂の社殿前付近。
大きな池があります。この山頂にある池はいかなる干天にも水が枯れることはないといいます。
こちらは何でしょうね。元鳥居にも見えますが。

参道。
石灯籠一対(昭和16年4月25日)
願主・祈願者。
こちらは…

「八重垣神社 平成10年8月 裏参道工事施行 寄贈者 〇保(有限)前田建設代表取締役社長前田保二 記念石奉納森萩泰俊 後藤正 菊地毅 菊地璋 前田保二 高橋政勝 佐々木篤男 吉田高守 岩渕功」とありました。

手水石。色々刻まれていますがちゃんと見ていません。

この碑は読み取れず。

社殿。広報「おうしゅう」には『「八重垣」という言葉は、須佐之男命が妻を思って詠んだ「八雲立つ出雲八重垣妻籠みに八重垣作るその八重垣を」という歌を連想させる。社名の「八重垣」から、不遇のうちに没した道真の妻を思う地域の人の心が感じられるようだ。』とありました。
御祭神は菅原道真公。例祭日4月25日。

創建は906年頃もしくは947年ともいわれ定かではありません。

神社庁より(由緒)…『延喜年中(901-923)菅原道真公が御簾中女子二人誘なわれ、奥州に謫せられし御姉子は胆沢郡上姉体の里に止まり給い、御妹子は同下姉体の里に永く止り給い遂にこの地に逝去し給う一塚の古碑が今なお存せり。この地は後年に分村して田河津村地内となり、古碑の在所字堂ノ迎という本村となって、村名今なお母体村と言い伝えられる。』
古峯神社(明治26癸巳年3月18日)

石殿。

微妙に判別できず。

社殿と池に挟まれたやや小高いところ。

色々あります。
石灯籠。


こちらは…

奥は髭題目碑で「于時安政五戊午歳二月…」「我此土安穏天人常充満」と刻みます。



手前の石殿には…

何かが祀られていますが判別できず。

こちらもわからず。

池を見下ろせます。
狛犬を見るのはやめておきました。足元には気を付けましょう。

下りてきました。

参道の反対側から見た池。

















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