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青森県弘前市宮地宮本。
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社号標「羽黒神社」(明治36癸卯年旧6月2日)
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社号標「羽黒山神社」(嘉永3庚戌年4月8日宮地村講中)
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参道から鳥居を振り返るの図。
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参道途中の碑。
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庚申塔。
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石仏。
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二十三夜塔(昭和10乙亥年旧5月23日)
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参道。
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坂上田村麿呂の創立と言われる羽黒神社。御祭神は倉稲魂命・大己貴命・水波能女命・大山祇神。歴代藩主によって修繕が行われてきました。人皇51代平城天皇の御代大同2年(807)坂上田村麻呂蝦夷征伐の祈り、眼病平癒を報賽して創建。以後この霊泉は禊水(体の邪気を清める水)、洗眼、飲料として利用され、昔からこの霊泉で眼病が治った者は、数知れずと言われています。また、文明年間(1469-1487)、岩木川の反乱を防除する杭止堰普請の際に人柱となったといわれる川崎権太夫(杭止神社の水神として祀られ、子孫は代々同社の神主でした)の子孫が、文政年間から社家として境内に住むようになったといいます。県内各地の羽黒様の総本山の位置にあり、古い文書に度々本殿改築の記録が見られますが、その中には天明4年の大飢饉の中での改築の記録があり、郡内外の崇敬を深く集めていたことを物語っています。
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あれは…
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狛犬さんの小屋です。
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鳥居(昭和57年7月21日、(有)嶽開発三上晴喜)
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石灯籠一対(明治8年6月2日)
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16.5
神社庁より…『【御祭神】倉稲魂命、大己貴命、水波能女命、大山祇神【例祭日】旧6月2日【由緒】大同二年人皇五十一代平城天皇の御宇坂上田村麿将軍鬼神退治の為当國へ御下向の砌愛宕の南姥姑林と申す所に御陣屋をとらせ給う時生憎眼病を患い一時作戦停滞し日夜辛吟し給える時に或夜霊夢にて「これより西方の山腹に清水の湧出す所ありそれにて眼を洗うときは必ず癒えん。」と即ち部下に探索申しつけたるに果せるかな泉あり。将軍礼拝をなしこれにて両眼を洗い旬日にして平癒し給い悉く鬼神を退治し御凱陣の折奉賽の祠を建立せりという。其後願主間宮氏山口氏森岡氏全備中守兼平伊豆守改築を重ね特に天明の飢饉に改築が行われており信仰の篤さを窮い知ることができる。爾来眼病の参拝者が多く眼病平癒した者数知れず東北、北海道に信者が多い。現在青森県名水の指定をうけ健康飲料としての利用者も多い。』
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参道。
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「奉納石造鳥居 眼病平癒 神恩奉賽」(昭和28癸巳年10月2日、裏面(※芳名省略)羽黒神社宮司:川﨑久男、石工:中郡撫牛子桜庭音次郎)
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境内案内板「眼病平癒、病魔退散、農業・商業守護神 羽黒神社」…『【御祭神】倉稲魂大神(農業・商売繁昌・衣食住の守護神)・大己貴大神(医者・薬・病魔退散の守護神)・水波能売大神(龍神さま・水の守護神)【由緒沿革】当神社は、昔から「羽黒さま」「眼の神さま」と親しんで呼ばれ、信仰されて参りました。大同2年(西暦807年)坂上田村麿が蝦夷討伐のみぎり眼病を患らい霊夢によりこの泉を探しあて洗眼平癒したお礼に建立したと伝えられ、古来霊泉で眼病平癒した人は数知れず広く県内・秋田県・北海道の信者から信仰されています。又、この霊泉は「名水」として認定され、お茶がおいしく、健康飲料としても珍重されます。【祭例日】毎月2日【宵宮】旧6月1日【例大祭】旧6月2日』
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境内案内板「羽黒神社」(平成6年12月、岩木町・岩木町教育委員会)…『当社は人皇五十一代平城天皇の御代大同2年(807)坂上田村麻呂蝦夷征伐の折り、眼病平癒を報賽して創建される。明治初年まで出羽・羽黒修験真言崇「羽黒大権現」として尊崇され、郡中第2位の群集所で神仏混淆であったが、明治6年神仏分離令により村社「羽黒神社」となる。日本では古来より山岳を祖霊の住む処と神聖視し、また農耕を守ってくれる水分神として尊崇して来た。当社の祭神が農業の豊穣を守る倉稲魂命であることと、社地内に霊泉の涌水のあることがそれを窺わせ、古くからの信仰を証するものである。当神社は県内各地の「羽黒様」の総本山の位置にあり、古い文書に度々の本殿改築の記録が見られるが、その中には天明4年の大飢饉の中での改築の記録があり、当社が郡内外の崇敬を深く集めていたことを物語る。現在の本殿は彩色がほどこされ、町内に於いては数少ないものと言われる。また霊泉は「羽黒様の清水」と親しまれ、眼病に霊験あらたかとされ、古くはその治癒を願う人が後を絶たず、近年まではその人達の為の行者小屋もあって、旧暦6月2日の祭礼には大きな信仰の場をなしていた。また文明年中、岩木川氾濫による洪水防止の難工事に自ら人柱となった当社家川崎権太夫の生涯は村民の大きな尊崇を生み、杭止神社の水神として祀るところとなり、後々までも語り継ぐべきものとなっている。』
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鳥居(昭和57年旧6月2日、藤崎町俵舛佐藤鉄四郎、棟梁山崎英治)
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灯籠一対(皇太子殿下御成婚奉祝、子孫繁栄祈願奉賽、平成5年6月9日板柳町成田達美)
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23.5
手水石。
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奉納参道舗装(昭和41年旧6月2日竣工、寄附者:鶴田町横萢、安田勉、工事請負者:竹谷組、竹谷亮、石工:今良三)
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狛犬一対(明治20年6月2日宮地村若者中(※氏名省略)、弘前石工山内三次郎)
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26.5
社殿。
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27.2
27.4
27.6
27.8
境内地擴張記念碑(社掌川﨑書)
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霊泉入口鳥居。
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羽黒山大神靈泉碑(社掌川﨑久男拝書)
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30.5
霊泉。青森県認定「私たちの名水
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31.4
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やまのかみさま・あかくらさま(昭和56年6月2日、山﨑建築・工藤建築奉納)
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いなりさま。
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べんてんさま。
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やくしさま。
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天照皇太神(慶應3丁卯年8月吉日)
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靈泉工事竣工記念碑(昭和31年9月9日、宮司川﨑久男謹書)※内容が被るので省略しますが由緒が刻まれています。
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