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岩手県奥州市胆沢南都田四ツ柱。角塚古墳、要害(止々井館)跡の南方。かつての都鳥。都鳥は胆沢扇状地の扇央部に位置し、茂井羅中堰・南堰が貫流。式内社止々井神社の旧跡があります。二本木の宮田がその旧跡と伝えます。字塚田の「一本杉」とも呼ばれる角塚は県内最大最古の前方後円墳。円筒埴輪が出土。全国的にみても前方後円墳の北限を示す事例として貴重な存在です。式内社止々井神社とともに当地の開発の古さを物語ります。伝説では掃部長者の妻が変身した大蛇の角を埋めた塚だとされます(安永風土記)。字界田には無年号の中世板碑一基が、同じく近隣の鳥越田にも同様の板碑一基があります。字本木の要害館は柏山伊勢守家中の居所と伝えます。胆沢町役場から東面の千田氏宅(要害屋敷)にかけての一帯が館跡。遺構は残されていません。広岡の広岡館は集落の西北0.2kmの微高地。水田中に浮かぶ島状の平城。土塁跡を残します。東北面平場には五輪塔があったといいます。東西160m・南北100m。館主については飯坂出雲守が貞享年中まで居住したとのみ伝えており戦国以前の館主は不明。江戸期以降の都鳥村は胆沢郡のうち。仙台藩領。村高は寛永検地224貫余(田214貫余・畑10貫余)、元禄郷帳1,968石余、安永風土記240貫余(田216貫余・畑24貫余)、天保郷帳2,420石余、旧高旧領2,408石余。明和9年の家数124。安永風土記によりますと蔵入地1貫余・給地238貫余、人頭132(うち寺1)、人数748(男413・女335)、馬210。神社は伊勢社・伊豆権現社・稲荷社・山神社、寺院は曹洞宗宝蔵山宝寿寺、他に馬頭観音・大日堂があり、修験は当山派東行院が見えます。宝寿寺は永徳寺村永徳寺末。高寒秀天和尚の永禄7年開山と伝えます。四ツ柱屋敷の四ツ柱跡は大蛇と化した掃部長者の妻に生贄をささげた棚の跡と伝えます。生贄となったのは肥前国松浦から買い取られてきた佐夜姫といいます。宝寿寺境内の小川には、佐夜姫が身を潔めて垢を取ったという赤(垢)取石があり、小川も赤(垢)川と称されます。江戸初期には隠れ切支丹も多く、寛永16年平右衛門・半左衛門は塩釜村清左衛門・相去村次右衛門らとともに転宗しましたが、同17年には五郎作とその娘、喜右衛門と息子3人、弥右衛門の7名が処刑されました。明治元年沼田藩取締、以後前橋藩取締、胆沢県、一関県、水沢県、磐井県を経て、同9年岩手県所属。明治3年村内の30人程が一揆を起こしており、下幅村境まで押し寄せましたが首謀者2名が逮捕されて鎮圧されました。同9年都鳥小学校が開校。同10年の生徒数は男子30。同13年の幅員は東西約34町・南北約24町、税地は田233町余・畑80町余・宅地18町余・荒地4町余の計336町余、戸数133(うち農業130)・人口943(男498・女445)、馬211、都鳥学校の生徒数58(男45・女13)、物産は米・大麦・小麦・大豆・小豆。同22年南都田村の大字となります。明治22年の戸数128・人口1,003。大正12年都鳥自警団設立。昭和28年南都田村役場が南下幅から移転。同30年胆沢村南都田となります。
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社号標「村社伊勢神社」(皇紀2601年村社昇格紀念)
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鳥居。
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参道。
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石灯籠一対(大正4年9月16日、藤田孫右エ門奉納)
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6.5
御神木。
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第十三部落コミュニティセンター。
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御祭神は大日霊女、天湯河桁命。
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手水石(大正元年9月16日、下衣川石工千田悠次郎)
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社殿。
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11.5
拝殿向拝。
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拝殿内。写真がたくさんありました。
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由緒…『伊達政景、慶長の役に軍功を挙げ、伊勢神宮の分霊を勧請し奉る。明治4年(1871)村社に列す。』
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14.5
例祭日10月16日(9月16日)。
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神楽殿(舞台)平成22年8月吉日奉納。
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例大祭では行山流都鳥鹿踊が奉納されます。
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社殿横。
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忠魂碑(元師子爵川村景明書、大正14年5月12日建之、帝國在郷軍人會南都田村分會)
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五訓之森(陸軍大臣荒木貞夫書)
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天照太神(女供養)
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出羽三山(文久3年3月28日)
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雷神碑(昭和13年9月16日)
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鳥海山(文久3年3月8日講中)
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金華山(慶應4戊辰年4月3日)
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天満天神(嘉永4辛亥年3月25日)
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南無阿弥陀佛(安政2年8月15日※自信なし)
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鸕鷀草葺不合尊(大正15年8月12日)
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南無妙法蓮華經(嘉永6年3月3日)
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こちらはちょっと読み取りにくかったのでパス。
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石仏。なんか優しいお顔。
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二十三夜塔(文政11年3月13日)
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庚申供養塔
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巳待供養塔
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甲子供養塔
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馬頭観音(明治8年7月16日※自信なし)
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馬頭観音(慶應二丙寅年4月19日)
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割れている碑。
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馬神。台座のみ。
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行山踊供養(明治13庚辰年10月6日)
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行山踊供養(昭和27年7月15日)。先代、前代、現代、門人のそれぞれ名が刻まれています。省略しますがすべて読み取れる状態です。
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行山踊供養(嘉永4辛亥8月29日)。行山流都鳥鹿踊の歴史を感じます。
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南無阿弥陀佛(弘化3丙午年4月8日)
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奥海利三郎供養?利じゃなく剋かも?そして三郎じゃなく二郎かも?ちょっとわかりませんが人名です。奥海氏ってことで。紀年銘は明治19年11月7日。
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不明の石。
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