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秋田県北秋田市木戸林岱。
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社号標(1996年9月吉日)
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杉淵徳太郎君之碑(頌徳碑、大正4年2月3日、発起者木戸石青年會建立)。
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石碑群。
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陸軍々医少尉疋田二郎君・上等水兵伊勢作之助君之碑。
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庚申塔。
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他不明。
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8.4
8.8
木戸石は阿仁川の下流域右岸部、蟹沢山の西南麓に中心集落が位置。東方の大野台台地と阿仁川対岸部の山地も含みます。地名は集落入口に石碑があったためといい、また、行者ニンニクの群生する所という意のアイヌ語の「キトウシ」からの転化ともいいます。戦国期の木戸石村ははじめ陸奥国比内郡のうち。秋田氏領となり出羽国秋田郡に所属。天正19年正月17日、豊臣秀吉が秋田実季の当知行を安堵した朱印状写に「木戸石村・せり沢村」172石余と記載。これが中世で唯一の所見史料。並記された芹沢村を小阿仁地区の近世に継承された芹沢村に比定すると、上記石高のうち当村分は慶長8年頃の両村村高から按分して95石前後と推定。慶長8年川井村検地帳に見るように、当村も畑がちの地であり、生計の多くは豊富な山林に拠ったと推定。集落対岸部の山腹に杉館(椙館)という中世の城館址があり、2つの空濠と2つの郭状平坦面を持ち、東側に幅4~6mの数段の腰郭を残します。館ノ沢から鉄滓が出土。付近に館ノ下・築館山の字地が現存。城館主は浅利家臣佐藤氏といわれており、初代豊後から3代又四郎左衛門まで居住し、秋田氏の勢力が当地方を把握するに及び、佐藤氏は館を下りて木戸石の集落に移ったと伝えられています。曹洞宗樹温寺は2代四郎左衛門が菩提寺として建立したといいます。江戸期以降の木戸石村は出羽国秋田郡南比内のうち。秋田藩領。慶長7年7月、佐竹氏が米内沢城に派遣した赤坂朝光の施政に対して一揆が勃発した際、当村の浅利旧臣佐藤氏は二派に分かれ、佐藤宮内・信濃らは一揆に加担して討たれ、佐藤大学は隣村悪麻沢村の杉淵数馬らと一揆鎮圧に功をあげたといいます。大学の子孫は代々当村肝煎を世襲。慶長8年の村高295石余と推定。「正保国絵図」「元禄7郡絵図」ともに348石の村と図示。しかし阿仁川からの堰用水開削などにより新田開発も進み、宝永~享保年間に南方に八幡岱新田村を分出。「享保黒印高帳」では村高567石余・当高349石余(うち本田197・本田並71・新田81)、「寛政村附帳」で当高401石余(すべて蔵分)と認定。「天保郷帳」は349石余。戸数は「享保郡邑記」から「秋田風土記」まで95軒。この間の「寛政郡邑記」では497人・馬130頭とあります。親郷不設置の大阿仁下郷7村に属し、年行事が郷用を勤める寄郷村。村鎮守八幡社のほか、諏訪社・神明社・稲荷社・愛染社・金毘羅社・薬師堂を祀り、曹洞宗岩松山樹温寺(米内沢村竜淵寺末寺)及び修験専寿院がありました。樹温寺は寛永17年に岩松沢から現在地に移転、木割観音像・三十三観音像を安置し、文政7年寺中10ケ条定書などを温存しています。阿仁川河口部の立地に恵まれた当村には元禄13年から9・19日の二斎市開催の市株が許可。一時中絶の危機もありましたが、明治初期に李岱村に移転するまで続きます。集落対岸部の秋田杉の美林地帯は「芦沢」の名称下、藩政初期から藩の御直山に指定。当村はその麓村として管理に従事。芦沢の下流部及び東方の大野台台地が当村の入会山。明治6年木戸石学校開設。同19年コレラ流行を契機に翌年村医を招聘、駐在所も設置。同22年北秋田郡大野村の大字となっています。同22年以降ははじめ大野村、明治25年からは下大野村、昭和30年からは合川町の大字となります。合川町は秋田県の北部に位置した町。平成17年3月22日、北秋田郡の鷹巣町・森吉町・阿仁町との合併により北秋田市となり廃止。
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参道途中の石碑。何かはわからず。
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石段上の鳥居。
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狛犬一対(平成15年9月吉日、佐藤吉廣)
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12.5
御祭神は本牟田和気命、三吉神、豊宇気姫神。例祭9月15日。
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神厩舎。
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御神馬。
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境内社。
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色々ありましたが何かはわからず。
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17.4
17.8
神社庁によりますと、境内神社として稲荷神社、神明社、愛宕神社があるようです。
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18.5
こちらは馬頭観音かな。
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御神木。
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こちらの御神木のケヤキは大きいですね。樹高約25m、幹周5.5m、推定樹齢100~199年。
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21.5
人と比べるとこのような感じ。
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慰霊碑。
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昭和29年11月、下大野村建焉、下大野村遺族會。
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慰霊碑再建之碑(昭和63年9月25日、合川町北地区遺族会・合川町北地区部落連絡協議会)
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招魂之碑(明治40年3月10日建立)
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社殿前。
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石灯籠一対(平成15年9月吉日、佐藤吉廣)
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28.5
狛犬一対。
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29.5
石灯籠一対(昭和13年6月15日、武運長久出征祈願、願主中村涼治建之)
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30.5
手水石。
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手水石(1995年9月15日、佐藤昌郁建立)
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社殿。
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33.5
創立年代不詳等です。江戸期は既に村鎮守としてその名が見えます。
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明治6年村社。
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こちらは不明。
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石塔群。
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金精神。
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庚申塔。
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39.4
39.8
青面金剛。
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社殿裏の山へと登るような小道がありました。
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途中にこのような石が。
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椅子ではありません。
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薬師様かな。ちょっとわかりません。
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道はこのような感じでしたが…
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途中からはこのような感じだったので断念。
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その断念した地点にはこのような不思議なものがありました。
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47.5
もしかしたら境内神社の愛宕神社かな。
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横の石には名前が彫られていました。
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そこからの眺望。
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50.5
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