1
上北郡六戸町折茂前田。
2
折茂新田集落の中央に鎮座。故吉田肇氏(現俊明)宅地に隣接。
3
綺麗に整備されている参道。
4
4.5
御祭神は誉田別命。
5
5.5
草創の頃は吉田家の屋敷神として祀られました。明治期の日清・日露戦争の頃から村の人々が参拝するようになり、太平洋戦争の頃になると出征する兵隊で賑わったといいます。吉田家は折茂新田の草分けであり、藩政時代は盛岡南部藩の御給人(郷士)として重要な地位を占めていました。文久3年の『在々身帯帳』によりますと、「五戸御給人吉田良左エ門 弐拾九石九斗四升弐合」とあり、新渡戸傳の三本木開拓日記にも時折良左エ門の名が見られ、吉田家の活躍ぶりを垣間見ることができます。
6
社殿。東向き、一間半四方。社殿南西には橅の巨木が茂っています。
7
拝殿向拝。
8
堂内には1枚の棟札があり「八幡宮 昭和2年11月24日 建設者吉田庭橘 世話人吉本豊助 吉本宮松」とあります。裏にはこの年に境内の杉を伐採し、一間四方の東南向きの旧社殿を建て直したことが記されています。また、これを記念して集落総出で桜10本を植樹、鳥居と参道を敷設したそうです。
9
内陣と外陣との境に吉田てふが昭和7年2月15日に奉納した八幡宮の大献額(社殿献立)があり、内陣には昭和14年4月15日に吉本ひでが奉納した御神鏡が安置され、その奥に二尺四方の石堂が納められています。石堂には高さ15cmほどの庶民性が感じられる八幡神像(一木造り・素人の御作仏と考えられ銘はなく、束帯姿で笏はなし)が安置されています。
10
お祭りは年3回執り行っており、旧暦12月15日には新米で作った2個の御粢(おしとぎ)を、1個はみんなで食べ、もう1個は吉田家で食べるといいます。旧暦1月15日は新年を祝って各家庭の供え餅をみんなで食べる、所謂鏡開きを行います。旧暦2月15日は各家から米を一升ずつ持ち寄り、甘酒を造ったり村中みんなで折茂新田構造改善センターで直会を行い、この日を例大祭と定めています。現在でも吉田家を中心として祭祀を執り行い、各家々から参加する形が継続されているかは不明です。
11
御神木。
12
かなりの巨木です。
13
13.5
根元に石殿。文字が彫られていますがよく見えず。
14
崩壊している石殿。
15
石殿。
16
こちらも文字が彫られているような感じですがよく見えず。
17
こちらは神社近くの折茂新田構造改善センター前にあった碑。
18
記念碑(種馬組合建之、四海號、昭和8年4月19日)※裏面代表者名、生産者名、種馬組合員名等。
19
記念碑(故吉田信武氏、新田雞聲會建立、昭和4年9月15日)
20
裏面碑文は読み取りにくかったので省略。
21
にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 東北情報へ