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岩手県奥州市江刺岩谷堂五位塚。国道456号沿い。五位塚墳丘群・藤原経清一族墓所の西方。
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鎮守の杜。
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鳥居と灯籠一対。
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菅江真澄の道(鎭岡神社)標柱。
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社号標「延喜式内鎭岡神社」(昭和30年11月)
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鳥居。
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参道石段。
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両脇に灯籠。
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鳥居。
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延喜式内社鎭岡(しづめがおか)神社御由緒…『当神社御祭神は天(あめ)の下造らしし大神にして、神事を主宰し、農耕を保障する穀神として国民の生業を守護し給う大己貴命(大国主神=大黒さま)である。律令国家当時は、神階を授かり幣帛をあずかる官社として保護が厚く、「延喜式」の神名帳に記されている神社である。(陸奥国百座内 岩手県十四座)とりわけ前九年、後三年の役のあと亘理権大夫藤原経清(わたりのごんのだいぶふじわらのつねきよ)と安倍頼時の娘との間に生れた藤原清衡公は、篤くこの神を尊崇し、豊田城を構えた際当神社の御社殿を修築し、天下泰平武運長久祈願のしるしとし、荘園十町歩を献奉、宝庫を建立、武具一式を奉納せしが、のち兵火で炎上したと伝えられる。その後、時経りて天明5年秋、三河の国の国学者菅江真澄が当神社にぬさたいまつらんと訪れ、今当神社の御神歌と奉る「かしこしな あらふるとても ぬさとらば こころしつめの 岡の神籬(ひもろぎ)」は、真澄遊覧記「委波氐廼夜麼(いわてのやま)」に記されている。明和5年御社殿修築、天保6年再建奉遷、明治6年村社に列格され、その後、御神威を仰ぐ県内外の氏子崇敬者崇信の誠を捧げし寄進をもって、境内を拡張整備、昭和20年11月8日郷社に列せられる。鎮岡神社社務所』
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菅江眞澄の歌碑「かしこしなあらふるとてもぬさとらばこころしつめの岡の神籬」
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参道。
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手水舎。
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鳥居。
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手水石。
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狛犬一対(皇紀2600年)
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境内。
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社務所・神符授与所。
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社殿と繋がっています。
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社殿正面。
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灯籠一対(平成7年11月、菊地春男・達子)
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社殿。明和5年社殿改築、天保6年修築奉遷。
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創建年月日不詳(西暦802年以前)ですが延長5年(927年)編纂の延喜式神名帳に「式内社」としてその名が見える歴史ある神社です。吾妻鏡によりますと文治5年の奥州合戦の折、当境内が陣として利用されたと考えられ、「二品陣岡蜂社に陣せしめ給う」の「二品陣岡蜂社」が「鎮岡神社」と推定。
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御祭神は大己貴命。例祭日5月28日。
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神社庁より…『安永風土記によれば称徳天皇(764~)の御代に勧請されたとある。「延喜式」神名帳に記載されている延喜式内社であり、律令国家当時は、神階を授かり、祈年祭には国幣を預かる官社であった。鎭岡の社名は、「天神地祇八百万神遥拝所岩清水八幡宮公文所」と表記し版行された軸物、奥の細道随行した河合曽良「旅日記」の行脚予定路の中などに散見する。とりわけ、前九年・後三年の役の後、亘理権太夫経清と安倍頼時の娘との間に生まれた藤原清衡公は、神仏信仰厚く、豊田城を構えた際、当神社の社殿を修築、天下太平・武運長久祈願のしるしとして荘園献納、宝庫を建立、武具一式を奉納したと伝えられる。菅江眞澄(三河国・国学者)が天明5年(1784)から3年間岩手を旅行した。その記録である日記「けふのせはのの」「岩手の山」に当社の記述がある。廃藩置県で江刺県を置いた際、郷社に列せられたが、後、一郷一郷の制により、明治6年村社となり、昭和20年再度郷社に列せられる。延喜式内社-江刺郡一座(神典・延喜式巻第九)、陸奥国一百座(内岩手14座)。境内に菅江眞澄の歌碑(岩手県内4)菅江眞澄標柱(県内1)がある。』
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拝殿向拝神額。
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寄附に関する木札(大正4年8月1日、大正4年5月19日、大正10年5月19日、大正12年旧2月17日、昭和6年)※内容は省略
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『【神社名】延喜式内社鎭岡(しづめがおか)神社(通称ぢんがおか)【御祭神】大己貴命(大国主命)【鎮座地】江刺市岩谷堂字五位塚179番地【創建】胆沢城築城(西暦802年)以前【旧社格】郷社【由来】奥州藤原文化の礎を築いた豊田城主の藤原清衡公が、社殿の修築・荘園献奉・宝庫建立等々、信仰篤かった。のち兵火で焼失したが、天保6年修築奉遷【御神歌】「かしこしな あらぶるとても ぬさとらば こゝろしづめの 岡の神籬」菅江真澄』
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拝殿内。
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拝殿前から見た参道。
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社殿横。
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神輿庫。
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不動堂鳥居。
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不動堂。
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鰐口・「奉納不動明王」
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鎭岡創建の頃からあった不動明王を祀っています。慶応元乙丑年11月28日奉納の倶利伽羅剣もありました。不動明王は反射して拝めませんでした。
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不動堂の隣に法龍神社。
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陶器製眷属像(稲荷狐)一対と「奉祭祀法龍神社(※以下読み取れず)」裏「大正貳年五月十九日祭祀 時明治兼社掌菅原佐益 社主高野藤治郎」・「奉鎮祭法龍神社」裏「平成二十四年五月十九日修復祭祀 祭主千葉鎭男 施主高野ミエ子」の棟札がありました。
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