
三戸郡南部町苫米地御嶽。御嶽神社本殿(奥の院)へ。苫米地集落北西の根岸の山麓、通称「ネギヤの山」に苫米地地区の産土様である御嶽神社奥の院が鎮座しています。

『御嶽神社(南部町)』からの続きになります。

本殿への参道が一度開けます。

「↑本殿」という案内板がいくつか設置されているので迷うことはありません。そもそも一本道ですけど。

道中にあった八木田総本家之奥津城。

『御由緒明徳四年山形藏王より修験者として片岸村八木田六十五番地に住みついた。八木田一族の祖先は氏神として藏王大権現を祭り村の警戒の任に当っていた。御嶽神社は天文十三年九月十五日の創建修験大学坊は、初代別当となった。』※初代権大僧都大学坊(享保7年10月)、二代権大僧都祐山法師、以下四代~十七代までの名が刻まれていました。

参道。

巨木。
鳥居。

奥の院に向って、千本杉があったところの急斜面の参道を登っていきます。

途中の左手に護国小祠(十和田神社の御神札も合祀)が祀られ、地元では「しんとうさま」と呼んでいるそうです。

おそらく国を守る神として「ご神道」という意味と解釈している小祠。

こちらは手水舎的なものでしょうか。


参道途中の旧社殿跡から更に急峻な男坂を設置された手すりに伝って登りきると御嶽神社奥の院が鎮座。

あれ!?…案内板にあった一字一石経経塚を見逃したみたいです。
まったく気付かずに着いてしまいました。

下調べでは朱色の両部鳥居があるとのことでしたが両部鳥居ではありませんでした。

狛犬一対(別當大寶院 安政四丁巳四月十七日 石工吉■郎)
境内には御神木としてシナノキが聳え、立派な枝が境内を覆っています。
社殿より存在感があります。


社殿前石灯籠一対(明和六己丑歳五月朔日)



社殿。
昭和38年5月17日に改築し、昭和51年5月17日には拝殿・幣殿の内張・畳入れ替え押入取り付けなどの改築を重ねながら今日に至っているそうです。
御嶽神社の祭神は大山祇命で、旧村社。創建の由来ははっきりしませんが、天文8年(1539)に八木田一族の主君で苫米地館の館主であった赤沼備中が憤死したので、その次男の天台修験であった大学坊が父の霊を鎮めるため、5年の歳月を費やし、天文13年(1544)9月15日に八木田に神社を建立し、蔵王権現を御祭神として嶽大明神を祀ったといいます。以来、子孫である八木田氏が御嶽神社の別当として世襲することになったと伝えられています。


福地村片岸の郷土史家八木田喜市がまとめた「八木田ノート」によりますと、御神体には御祭神名「嶽大明神」「赤沼備中守」と記されているといいます。この根岸の山麓の「ネギヤの山」一帯が聖域であり、南部氏と赤沼備中とのかかわりを持つ史跡でもあります。5月5日のネギヤ祭りには例大祭神事のほか、直会・子ども会地区別駅伝・八戸市龗神社の法霊神楽舞・芸能発表(婦人会、交通安全母の会、老人クラブなど)と様々な催しがあるそうです。











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