岩手県奥州市江刺伊手小中田。
源龍水。

御祭神九頭龍大神。


霊験あらたか隠れ名水「源龍水」について…『一、源泉は、昔よりすずと言われ一度も渇水した事が無い一定量湧出する良泉です。一、龍は、雨を降らせ水を守る神、九頭龍神祀ったことから源龍と命名したものです。一、保健所の水質検査を受け、飲料水としての適合の証を有しています。一、この水は、個人(提供者)との共同利用のため出水量が変わることがあります。一、この施設は、市の協働のまちづくり交付金を活用し訪れる人達の利便をはかったものです。七月は七夜盆棚、お線香切籠、提灯かけ行燈』

『この表参道は石段385段あります。登り降りに自信の無い方はこの道路約100メートル先から入る裏参道ご利用下さい。車での通行できます。』

ってことで石段がきつい方はこちら。

ちなみに私は普通に表参道から行きました。帰りに裏参道を利用。

ってことで表参道に戻りまして、一之鳥居横の小祠。


「戸隠神社」(明治13辰年9月23日及川与助)
金華山(昭和3年4月初日)

庚申塔(昭和22丁亥年)

「月山、湯殿山、羽黒山、鳥海山」

鳥居紀年銘等。


「石段二十七、従是上明治二十八年、佐藤祐益」

石段。
なるほど…これはとても上り辛いですよ…佐藤さん…
二之鳥居。
石段が続きます。
「明治二十八年、是ヨリ上石数二十八、外表裏共石壇石、勝山傳三郎献之」

何とも上り辛い石段です…勝山さん…
参道左手…

ここからも裏参道へ歩いて抜けることができます。

二之鳥居を振り返るの図。
ここから勾配もきつくなってきます。
社殿は見えますね。
参道脇に石殿があったりしますが近寄りません…近寄れません。


慈覚大師堂跡。

慈覚大師堂跡…『円仁は、天台山門派の最澄に師事、承和5年(838)天台数学等を修学、仏教弾圧の中空海の密教に対抗し台密の基礎を確立す。因みに江刺の初見は承和8年と云う。現存する棟札は次の物也。慈覚大師堂一宇「弘化四年地主、別当、与四藏」「文久元年地主、別当、与四藏」』

戸隠神社は坂上田村麻呂が蝦夷平定の際に鎮護神として勧請。その後、源頼義、義家親子が前九年、後三年の両役に際し、戦勝を祈願したと伝えられます。また、本社は長野県長野市の戸隠神社で、胆沢城築城のため集められた浪人のうち信濃出身の人たちが故郷の戸隠神を勧請したとする説もあります。
さて、段数は問題じゃありません。体力の問題でもありません。
うまく説明できないのですが、この石段の造りが何か危険なんです。上りは大丈夫なんですが…
この辺りで下りは無理だと判断し、帰りは裏参道で戻ることを英断(大げさ)

『戸隠神社(江刺)~其之弐』へ続く…



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