1
山形県飽海郡遊佐町吹浦。
2
大平山荘、大平駐車場の場所です。
3
鳥海ブルーラインの中腹にあり、眼下に日本海と庄内平野を一望できるロケーション。
4
4.4
4.6
4.8
展望台から北側を望めば象潟、九十九島、金浦、男鹿半島、仁賀保。南側を望めば庄内砂丘、粟島、酒田市街、遊佐市街、庄内平野。
5
大平展望台「大平展望台からの庄内平野と海岸の眺め」(眺望景観資産:平成29年指定山形県)より…『①「庄内平野~豊穣の大地はどうしてできた!?」…庄内平野は、南北約55km、東西の最大幅約25kmにおよぶとても大きな平野です。河川によって海まで運ばれた大量の土砂は、波や風の力で砂州をつくります。縄文時代の庄内は砂州の内側に広がる大きな浅い湖で、その後湖は次第に埋め立てられて平野になりました。大きな平野は水田稲作に適していて、おいしい庄内米が栽培されています。②「飛島~日本海に浮かぶ不思議アイランド」…飛島は鳥海山の沖合約30kmに位置する周囲約10kmの小さな島です。北海道の奥尻島まで続く海底の山の高まりの一部で、隆起しながら海に削られたため、このような平らな島になりました。島の南の館岩という巨岩が天然の良港となる地形をつくっています。飛島は日本海を往き来する船の風待ち港として大きな役割を果たしました。③「鳥海山~活火山は巨大な水瓶!?」…鳥海山は約60万年のあいだ噴火を繰り返しながら成長している活火山です。鳥海山の中身はガサガサに固まった溶岩が何層にも重なっているため、たくさんの水を貯めこみます。この水は数十年の時を経て、鳥海山の周辺に豊富な湧き水となって流れ出しています。湧き水の見どころには、元滝伏流水獅子ヶ鼻湿原、釜磯海岸などがあります。④「九十九島~鳥海山が大きく崩れた!?」…紀元前466年(約2500年前)、鳥海山の北側は大きく崩れました。崩れた大量の土砂は新幹線並みのスピードで流れ下り海まで達しました。象潟の水田に浮かんだように点在する丘は、このとき流れてきた「流れ山」で、九十九島と呼ばれています。由利原高原や仁賀保高原は、さらに昔、今から20万年ほど前に鳥海山が崩れてできた高原部です。』・・・飛島に宿泊してサイクリングを楽しみたいんですよねぇ
6
晴れてはいたんですけど、ややガスがかかったような景色。
7
7.2
7.4
7.5
7.6
7.8
鳥海山側。
8
8.2
8.4
8.8
初めて来たのでどのくらい紅葉していたのかは判断できません。
9
9.2
9.4
9.8
碑がありました。「鳥海山はわが觀想の幻の山なりき」森敦
10
『芥川賞作家森敦氏は秀峰鳥海を愛し山麓なだれて海に入る吹浦に滞在。この山を拠とする人心に触れて小説「鳥海山」を世に問う。ここに町民協賛のもと遊佐町合併45周年を賀し北庄内を見晴かすこの地に碑を建立し氏の文業を顕彰するとともに芸術文化久遠の隆盛を祈念する。平成11年10月吉日、鳥海山文学碑建立実行委員会』
11
開通記念碑…『鳥海山は標高二千二百三十七米、東北第二の高山で秀麗なコニーデ型火山は古耒出羽富士と呼ばれ、昭和三十八年飛島を含めて国定公園に指定された。鳥海国定公園の観光道路として建設したこの吹浦鉾立線は、飽海郡遊佐町駒止から秋田県境まで6.8粁・総工費1憶2300万円で開通をみたが、主体工事を担当された陸上自衛隊第六師団が第105施設大隊とともに、この難工事に取組み、非常な悪条件を克服して完工したものである。ここにその功労をたたえ、これを銘記して永く顯彰します。昭和45年7月17日山形県知事安孫子藤吉』
12
関連記事
13
にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 東北情報へ