大館市上代野八幡岱。

長木郵便局向かい。上代野は古くは上岱野・上台野とも書き、長木川の中流右岸平野部に突き出た洪積台地上に位置。中央を大茂内沢が南流し長木川に合流。
狛犬一対(平成5年9月30日、比内町扇田小林良三石材店、小林愛子、旧姓九嶋愛子)


江戸期以降の上代野村は出羽国秋田郡北比内のうち。秋田藩領。慶安元年黒印村となり、高134石余・19軒・68人・馬31頭でしたが、正保国絵図、元禄7郡絵図ともに図示されていません。享保郡邑記では当村を登載し先には24軒の村であり、享保4年に4軒潰れると記載。しかし享保黒印高帳に当村名はなし。


寛政村附帳では親郷大館村の寄郷に当村を位置付け、当高134石余(すべて給分)と記載。大館給人江幡氏ら6人の給分が当村に存在したことが知られます。しかし秋田風土記以後は大館町の枝郷扱いです。郷村史略では大館町の枝郷として高117石余・14軒・49人・馬15頭。村鎮守は相善社・稲荷社を合祀して上代野神社と称していましたが、現在はこれに応神天皇等を合祀して八幡神社(例祭9月11日)と称しています。廃藩置県後は大館町枝郷から独立し、明治10年獅峰学校(長木小学校)を開校。同22年北秋田郡長木村の大字。

石殿。何かは不明。

大きな切株。

下記で紹介しますが、欅の巨木だったようです。

社殿。御祭神は誉田別命、倉稲魂命。例祭9月15日。
創立は徳川時代末期、上代野の豪族三浦半三郎が佐竹の守護神八幡大神を祀りましたが、三浦家零落し立退いた後、地区民が修築して崇敬した神社。明治10年の火災で全焼し、新築した社殿も昭和7年に再び火災に遭い、昭和8年に再建。
拝殿内。

正面扁額「永受嘉福」

本殿。

かつては村鎮守として相善社・稲荷社を合祀して上代野神社と称したとのことで、絵馬がたくさんあります。年代は比較的新しいもの(昭和)です。


御神木伐採記録…『一.樹木名 欅 樹齢 参百五拾年 樹高 参拾参メートル 径寸 壱百五拾センチメートル 一.樹木名 欅 樹齢 壱百八拾年 樹高 壱拾八メートル 径寸 壱百センチメートル 伐採年月 平成二十六年十一月 上代野神社氏子総代三浦功達 上代野町内会長 薮田金光』

幣殿本殿覆屋。

神厩舎。

御神馬。奥に小祠。





コメント