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三戸郡五戸町神明後。氣比神社(気比神社)。神明宮社殿の裏手からも歩いて行けます。
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両部鳥居。
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鳥居扁額。
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境内。
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神社前にはなぜかゴミの山がありましたが、境内は綺麗です。
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6.5
社殿は昭和52年6月1日改築されています。
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向拝。
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扁額「氣比神社」(村上暢三謹書、昭和52年6月1日)
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こちらの石碑は不明。馬頭観音なのかな。
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馬頭観音塔(文政7甲申年10月吉日、加賀屋源蔵)
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加賀屋は村菊商店の場所に住んでおり、久保姓で歴代源蔵を襲名、加賀源といいました。南部藩分限番付表(天保6年)には、前頭五十五枚目に源蔵がついているので、相当なお金持ちであったことがわかります。加賀屋伊惣治の妻が源蔵の娘。源蔵が町検断を務めたのは天保7年から嘉永元年までで、氣比神社境内に石碑を建立したのは検断をやる前であり、それまでどのような商売をしていたのかは不明ですが、馬に関連する仕事をしていたと推測されます。。墓所は専念寺。立功舎延誉貞昌妙演。
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12.5
馬頭観音塔は追分石にもなっていることから元々は違う場所にあったものかも知れませんね。下部には「右三戸 左八戸」とあります。※奥州街道宿駅五戸の分岐点「追分」は愛宕丁のはずれにあり、右三戸、左八戸の別れ道に追分石(猿辺石、50cm×45cm)があったといいます。もしかしてその碑かと思ったのですが、その碑は三浦茂雄宅庭園に保存されており、脇には松尾与三右門と刻むもので、この馬頭観音の石塔とは違うものでした。
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