
秋田県能代市御指南町。井坂公園内。

井坂記念館…『この記念館は木都の父井坂直幹を顕彰するために開設しました。井坂直幹は茨城県の出身で、慶応義塾に学んだあと、時事新報社を経て林産商会に入り、明治22年(1889)に同商会能代支店長として来能しました。以後、能代の木材産業の近代化に努め、明治30年(1897)能代挽材合資会社を設立して木挽製材から機械製材へと転換することにより、製品は次第に声価を高めて全国市場を席巻し、明治40年(1907)秋田木材株式会社を設立するころには、全国に木都能代の名をほしいままにしました。この記念館の地は井坂直幹の屋敷地であります。土蔵はこの屋敷地の北側にありましたが、記念館開設に当たって現在の場所に移しました。一階には木材業関係の資料を展示し、二階には井坂直幹の遺品を中心に秋木関係の資料を集め展示しました。故人の遺徳を偲んでいただければと思います。能代市。』

井坂直幹を「木都能代の父」として讃え、その偉業を伝えるために昭和47年(1972)に設立。旧井坂邸跡地をもとにして開業した井坂公園(能代市御指南町)に位置しており、能代大火で焼けずに唯一残っていた井坂家の土蔵を記念館建物として利用しています。1階には木材産業に関する資料、2階には井坂直幹の資料が展示されており、防砂林の歴史等の資料も紹介しています。

能代市HPより…『井坂氏は今も能代市民の心の奥に「木都の父」として生き続けています。井坂氏は明治の半ばに来能し、木材産業の近代化の新しい波を導入し、井坂氏が創立した秋田木材株式会社を名実ともに東洋第一の規模に育てあげました。それがまた在来の地元業界を刺激して、その改善発展を招来して木都能代の基盤を確立するに至りました。秋木工業では、井坂氏と能代市民との深い因縁を考慮し、市内御指南町の旧井坂邸跡地を能代市に提供、その活用法を申し入れ、そのご秋友会が主唱してこの邸内に井坂氏の胸像を復興しました。また、能代市は、井坂氏の遺徳を顕彰するため、昭和47年先生の遺品と木材産業史資料を収集展示する井坂記念館を開館しました。』

Wikipediaより一部抜粋…『井坂直幹(いさかなおもと、万延元年9月1日(1860年10月14日)-大正10年(1921年)7月27日)は、日本の木材実業家、秋田木材株式会社社長。常陸国水戸にて水戸藩士の子として生まれた。幼名は亮太郎。藩の俊才が学ぶ自彊舎に入学し水戸学と漢書を学び、さらに栗田寛の彰考館にて「大日本史」の資料編集に従事したが、次第に洋学を志し彰考館を辞めることになる。このころ福澤諭吉と同郷で門下生である茨城師範学校長松木直己が福沢の依頼で優秀な若者を探していたが、井坂はこの推薦する4人の中に選ばれ、明治14年(1881年)に石河幹明、高橋義雄らと共に慶應義塾に入学する。在学中は福沢諭吉の家に寄宿し、優秀な成績を修めた。卒業後は時事新報に入社し編集・翻訳を担当する。その後大倉喜八郎、藤田伝三郎の共同事業日本土木会社に参加し大倉組庶務課長となる。さらにその後は大倉組と久次米商会の資本金による林産商会へ移り、秋田杉の集積地にして加工場であった秋田県能代市の林産商会能代支店長となった。そして林産商会が解散後も能代にとどまり、独立を決意。能代木材合資会社、能代挽材合資会社、秋田製板合資会社をおこし林業に従事し続けた。それまでのノコギリなどを用いた木挽製材という伝統的手法から脱却し、英国から機械を輸入し機械製法という近代的手法へと転換したことから、能代の製品は次第に評価が高まり全国市場を席巻するようになった[1]。さらに井坂は自らが興した3社を合併して秋田木材株式会社を設立し全国に支店を設置したほか、関連産業として電気、鉄工事業も手がけ事業を拡大し、能代市の木材産業の発展に大きな役割を果たし、能代市は東洋一の木都(もくと)と呼ばれるまでになった。また、井坂奨学会を設立し地元の少年に学資を貸与することで人材育成にも貢献した。これらの活躍から井坂は「木都の父」とも呼ばれる。』





井坂直幹経歴
万延元年(1860)-水戸にて誕生。
明治14年(1881)-慶應義塾に入学。
明治27年(1883)-時事新報に入社。
明治31年(1887)-日本土木会社に参加。
明治32年(1888)-林産商会に入会。
明治22年(1889)-林産商会能代支店長として能代へ。
明治30年(1897)-能代木材合資会社、能代挽材合資会社を設立。
明治34年(1901)-秋田製板合資会社を設立。
明治40年(1907)-秋田木材を設立。
大正10年(1921)-能代市にて死去。(墓は能代の萩の台墓地公園と多磨墓地)
大正11年(1922)-井坂の胸像が作られる。
昭和44年(1969)-胸像再建。
昭和47年(1972)-井坂記念館建設。

資料館なので写真はほぼ撮ってません。無料なので現地でお楽しみください。パンフレットには木都能代のあゆみや、井坂直幹翁年譜が詳細に載っていましたが長いので省略。


記念館の真横にある紀念碑・大山祇大神。碑文は読み取れませんでしたが記念館の方が井坂直幹に関連する碑だと説明していたような…ちゃんと覚えていなくてすいません。記念館の方にでも聞いてください。


記念館の真横にある明治時代の清酒仕込み桶(30石入り、喜久水酒造提供)

私に中身を提供してください。

以下、おまけ。そば処「乃しろ庵」(能代市)。

冷そば三種盛り。そば、やぶそば、全粒粉うどんの三種に天ぷらとそばの実と漬物がついて1400円!




+豆乳アイス!

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