
八戸市妙東一番地。曹洞宗明久山傳昌寺(伝昌寺)。大慈寺(糠塚)の末寺。御本尊は釈迦如来。津要玄梁作の地蔵菩薩像(六躰)は八戸市指定文化財(元文元年辰ノ九月九日)。八戸御城下三十三観音霊場第十五番札所(聖観音)。

写真は参道。
寺号標(二十三世普山記念、昭和53年11月吉日)


「心音のきこゆるよるは雪つもる」。裏面碑文…「俳人法師浜桜白先生は八戸小唄作詩者として全国にその名が高い。師は本年を以って古稀の壽令を迎えられたいま師に乞うて一句を得たのでこれを刻み、永くその喜びの記念とする。昭和46年5月吉日」。この句碑建立を記念して同年に奉納された献額も本堂内に掲げられています。

仁王門前。


仁王門。
上部に色々います。ちょっと遠くて見えませんでした。
仁王尊(昭和55年8月吉祥日)
石仏。

表情がリアル。

薬師如来。

横の碑には「昭和四十三年秋彼岸 二十二世代 中島敏勝・ハツ、久保定男・キヌ、久保広志・よし子」とありました。

石殿数基。何かはわからず。

開山は寛永2年、日庵察大和尚(八戸白銀町の銀浪山福昌寺に同じ)。元は現在地よりもやや南西の丘(標高約100m)の上に鎮座しており閑静幽寂の地で、坂道を上ってきた農民たちが境内で一服するなどして賑わったといいます。また、殿様も階上方面へ遠出した時は当寺で休憩したといいます。昭和40年に現在地に移転。
御本尊の釈迦如来は「説法の釈迦如来」と呼ばれており、釈迦が説教している様子を彫ったものです。天和2年に大慈寺三世住職が招へいした京都の仏師により制作されたとされます(背面に天和3年の銘あり)。松館大慈寺から糠塚大慈寺に運ぶ際に馬がどうにも動かなくなったので下ろした所が傳昌寺だと伝えます。
御本尊向かって左手に六体の地蔵菩薩像(八戸市文化財、昭和48年指定)が祀られており、これが湊村出身で江戸中期に多くの仏像を刻んだ津要玄梁(しんようげんりょう)の作(高さ92~99.5cm)です。赤い頭巾と涎掛けを着けて六体仲良く並べられています。背面の墨書により元文元年に製作されたものとわかります。六地蔵の隣には八戸御城下三十三番第十五番札所の聖観音菩薩像が祀られており、こちらは大慈寺六世奇峰学秀の製作(全長約60cm)。

扁額「傳昌寺」(昭和40年6月、大鑑道光禅師、管長瀧仙書)

墓地入口。

無縁塔。

墓地入口付近から見た本堂。











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