秋田県鹿角市八幡平長牛。長牛大日神社(大日靈貴神社)は長牛城跡(主郭跡)に鎮座しています。藩境故に常に主戦場となった長牛城。あちらに見えるのは八幡館。上には八幡神社が鎮座しているのが見えます。
だんぶり長者の伝説に関わる鹿角市の小豆沢・長牛及び大館市比内町独鈷の大日霊貴神社の内、長牛の大日霊貴神社になります。独鈷村の娘が小豆沢村(鹿角市)に行き、夫婦となり、一匹のだんぶり(とんぼ)によって幸運を得ました。夫婦の一人娘は継体天皇の愛を受け入れて吉祥姫と呼ばれ、夫婦は天皇から長者の称号を戴いてだんぶり長者と慕われるようになりました。長者夫婦が他界すると小豆沢・長牛、独鈷に大日堂が建立されたといいます。

社号標「大日霊貴神社」。

館跡の名残りがある参道。

途中にあった鳥居。

小祠。

何が祀られていたのかはわかりませんでした。

今歩いてきた参道です。
郭に位置する周囲の木々はかなり広範囲にわたり伐採されていました。
理由はわかりません。

長牛大日神社(大日靈貴神社)。
手水舎(昭和53年8月吉日氏子一同奉納)。

苔生した手水石(明治23年)。

皇太子殿下行啓紀念堤碑(長牛運人)。

御祭神は大日霊貴命(天照皇大神)。元は神仏混淆の形態をとった大日堂であり、明治の神仏分離によって大日神社になりました。

大日堂は「だんぶり長者」の伝説に由来しており、だんぶり長者の出身地と云われる長牛と小豆沢・独鈷の大日堂三社の一つとして、善記2年(523年・継体天皇17年)創建されたと伝えられています。昔は大日長根に建てられていましたが、火災によって安政4年に現在地に建てられ、更に昭和51年に再建されました。
御神体は勅命によって下向した行基僧正により、一本の桂の大木で三体の大日如来が彫られ、阿・胎蔵界大日如来(中木)は、大日霊貴神社(小豆沢)に、吽・遍照胎蔵界大日如来(末木)は独鈷大日神社に、卍・金剛界大日如来(元木)は長牛大日神社に奉納されましたが、寛文5年大晦日の小豆沢の大日堂の焼失により、長牛の大日如来を移奉し、長牛には後日改めて現在の御神体を彫って奉納したとされています。毎年1月と8月の17日に祭典を行っており、境内では若者達が大太鼓を担ぎ出し、棒込みから打ち始めて盆太鼓を奉納する習わしとなっています。
拝殿向拝唐破風懸魚、蟇股、木鼻等。
拝殿向拝神額。

拝殿内。立派な造りです。本殿両脇にも小祠があります。正面神額には「大日靈貴尊」。
本殿覆屋。

拝殿前石灯籠二対。古い方は明治25年。


拝殿前狛犬一対(昭和51年8月17日)。再建時の奉納です。


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