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横手市大森町坂部字若志田沢。蟹沢頭の境塚。
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2.5
保呂羽山にあります。
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境塚…『久保田、亀田両藩の境界、文化10(1813)年10月21日築盛。両藩の境界は初めから不明のまま双方地元農民の間に紛争は絶えなかった。元禄13(1700)年幕府の裁定によって絵図面では一應の決着を見た。しかし、これを実地に照し合せると明らかでない点は随所にあった。此の蟹沢頭もその一つで元禄15年再検使の派遣となり、一旦は落ち着いたかに見えたが、文化10年再び紛争が起った。両藩の間で度々交渉を重ね10月1日ようやく妥協が成立し、この地点から東へ5つの境塚を築いた。この築盛に炭五升(約19ℓ)糠一斗(約38ℓ)を入れ高さ5尺(150cm)盛下14尺(420cm)深さ4尺(120cm)とし、ここを一番塚とした。翌22日久保田藩からは境奉行見習益田治衛門、亀田藩からは郡方志賀第四郎等両藩から藩役人22名村々拠人、百姓多数立合いのもとでこの境塚が確認されたのであった。平成2年3月大森町教育委員会』
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