火産靈神社。八戸市櫛引蒼前。県道134号櫛引上名久井三戸線。櫛引城から南の通清水へ向かう道路脇に鎮座。
石鳥居の紀年銘は昭和13年旧4月19日。

狛犬一対。
紀年銘は「明治42亥年3月14日」とあります。※明治42年は己酉

社殿裏は木々が鬱蒼としていますが、社殿前は広場のようにすっきりしています。
御神木。

御祭神は火産霊神。例祭日旧6月1日。境内地555坪、本殿2坪、幣殿4坪、拝殿20坪。
櫛引村の豪商佐藤傳三郎の祖先が霊夢で祠を建て、遠州(静岡県西部)秋葉山から勧請し、分家の法清院に維持させていました。火除けの霊験で信仰を集め、櫛引村の守護神として祀られました。嘉永5年の修繕の際に八戸・長者山の常泉院との関わりができ、明治に入り秋葉明神を火産霊神社と改称し、八戸・神明宮との関わりができています。大正3年に蒼前神社に遷して合祀。蒼前神社の由来は、天正の初め(1573)の頃、このあたりを領していた櫛引清長の愛馬供養に伴う馬頭観音の霊夢が伝えられています。櫛引氏が九戸政実の乱で敗れたので、その後は櫛引村で社を再興し、別当の法清院に維持させました。明治に入り地主の佐藤傳三郎家が村中と図って社殿を修復し、宇気母知命を勧請し産馬守護神として信仰を集めました。明治40年に拝殿増築、本殿及び幣殿の新築を行い、大正3年に火産霊神社をここに移転した際に合祀。その後、平成に一度建て直しされています。
神社庁より…『大正3年12月9日、当時三戸郡舘村櫛引に鎮座・奉斎してあったが、社地の狭さを憂うる同村佐藤寅吉氏が土地の寄附を申し出て、現在鎮座地である櫛引字蒼前14番地2号に遷し奉った。昭和10年6月25日に村社に列格された。』
拝殿向拝蟇股。

拝殿向拝神額。

拝殿内。
幣殿・本殿。


社殿前石灯籠一対(明治40年旧4月19日)。
手水石4基。向って左が「明治40年6月1日」、小さい手水石を1基飛ばして、中央は「昭和10乙亥年6月15日」、右は「明治39年8月12日」。



神厩舎。

御神馬。


隣の建物にも馬が祀られています。蒼前社かな。


鳥居段石獻納記念碑。

宇氣母智神・火産靈命社殿新築紀念碑。

御蒼前神社(大正4年6月1日建之)。


蒼前寄附人名碑。

境内案内板「火産霊神社由来」より…『大正3年12月9日当時三戸郡舘村大字櫛引に鎮座奉斎してあったが火産霊神社々地狭■■由をもって当村佐藤寅吉氏が寄附を申し出て現在鎮座櫛引字蒼前拾四番地弐号に遷し奉ったのが火産霊神社である。(大正3年12■■)昭和拾年6月27日指定村社に列■…』※部分的に剥げて見えませんが、上記の神社庁掲載の由緒とほぼ同じです。












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