秋田県湯沢市高松三途川。県道51号線、コスモスライン。三途川橋は高松川に架かる橋。

三途川渓谷は川原毛地獄の入口にあります。
紅葉の頃は絶景のようです。
三途川。
三途川渓谷周辺探勝ご案内図より一部抜粋…『◎三途川渓谷…三途川渓谷は、川原毛地獄の入り口にあり約50mの上から眺める渓谷は断崖絶壁、その名の通り背筋に寒さをおぼえるものがあります。反面、四季折々の眺めは絶景の一言です。◎十王堂…歴史は古く、明徳4年(1393)に栴檀上人が川原毛にあった霊通山前湯寺を三途川に移しました。更に長禄元年(1457)に小野寺氏が稲庭へ前湯寺を移し、その代償として"十王堂"を再建しました。この中には市の有形文化財に指定されている十王像を中心とした木彫の仏像が30体ほど安置されています。』
案内板「三途川渓谷」より…『この世とあの世の境界線。この渓谷は、激しい水の流れが川岸の岩や山肌を削ってできたV字谷です。川底から橋までの高低差は約40mあります。絶壁の岩肌には、しま模様の地層が見えます。この地層は、三途川渓谷の周辺でよく見られるため、「三途川層」と名付けられました。ゆざわジオパークを代表する地層のひとつです。かつてこの辺りには、大きなカルデラ湖がありました。三途川層は、このカルデラ湖の底に泥や砂、火山灰などが堆積したもので、ゆざわジオパークの広い範囲に分布しています。』

三途川隧道改修竣工記念碑(秋田県知事佐々木喜久治書)。

三途川橋。橋の両端には、上り方向に閻魔大王、泰山大王の石像が鎮座。下りに延命地蔵と合掌地蔵の石像が鎮座。
閻魔大王・泰山大王。
延命地蔵・合掌地蔵。
橋の近くには十王堂があります。
「三途川十王堂の案内」…『今から1190年程前に、川原毛地獄山に建立された霊通山前湯寺は、明徳4年(西暦1393)栴壇上人によって此の地に移された。栴壇上人は、自分の願いが叶ったとして、自ら"火定"(焼身自殺)によって大往生を遂げた。その場所は近くにあり"栴壇塚"又は"千駄森"と呼んでいる。長禄元年(1457)、稲庭城主小野寺道広は、この寺を住僧養国祖璨(ようこくそさん)和尚と共に稲庭に移し、(寺号を嶺通山広沢寺と改め)小野寺氏の菩提寺とした。小野寺氏は前湯寺を稲庭に移転するにあたり、この地に十王堂を建立した。昭和43年、十王堂内に祀られてある木彫仏像十王像は、湯沢市の文化財に指定されている。湯沢市・湯沢市観光協会』

保存樹(十王堂樹林、樹種スギ・アカマツ)標柱と、三途川十王堂伝来諸像(湯沢市指定有形文化財・彫刻)標柱。

境内には保存樹の巨木が聳えています。
参道途中にあった石碑は「道路開鑿紀念碑」でした。「開通明治参拾五年八月」、「功勞者大塲市太郎君」、「泥湯温泉旅館主・建設者湯澤町田口安太」、「明治四拾年八月建設」とありました。

十王堂。
地蔵菩薩。

萬靈供養塔。施主政務次官飯塚定輔。

堂宇。

堂内。
中に入れます。
完全にピントが手前の柵に合っています。
秦廣大王、初江大王、宋帝大王、五官大王、閻魔大王、変成大王、泰山大王、都市大王、五道轉輪大王、平等大王。
見えにくいのですが上部にその名前と順番が記されています。十王以外も記されていますね。
色々と奉納されていますが…
中にはこけしもいますね。木彫の仏像は30体以上あるかと思います。
十王堂新築工事浄財寄進者御芳名簿。

三途川十王堂新築工事之記…『平成11年5月15日、三途川集落会開催、内々に話題になっていた十王堂の茅屋根の葺替え工事について協議した。当初葺替えのみの話であったが全体の損傷も著しく、今葺替えしても数年を経ずして立替えの時期がくることになり、次世代になれば関心も薄れるだろうしこの際新築に踏みきることになった。しかし費用については20戸の負担で出来るのかどうか論議されたが、結果として難儀であろうが皆で最大限協力し合ってこの工事完成の為頑張ろうとの結論に達し、十王堂新築委員会を結成、一丸となって推進することになった。設計・施工・大工棟梁宮原鋼作。新築委員会委員長佐藤甚一、庶務会計佐藤忠一、委員佐藤隆一、奥山忠、佐藤勝行、岸谷清。6月26日十王尊像を香積寺本堂に仮安置、解体作業始まる。7月5日上棟式。8月5日尊像を香積寺より新装になった十王堂に安置した。8月16日午前11時新築落成並びに例大祭を開催す。同午後零時半秋田いこいの村にて落成祝賀式及び祝賀会を開催す。集落会名簿…佐藤良治、佐藤俊一、佐藤勇、佐藤忠一、奥山利英、奥山忠、佐藤甚一、奥山忠雄、遠田博、佐藤隆一、奥山清一、次藤洋一、宮原鋼作、山田俊哉、遠田登喜子、佐藤勝行、大友豊年、佐藤重治、佐藤則夫、岸谷清。転出の協力者…高橋耕一、宮原鉄夫、金子忠治、大友栄一、菊地アキ』

三途川渓谷の駐車場に戻ってきました。トイレにも…

駐車場にあった記念碑。『湯沢市地熱開発促進協議会は地熱発電所の建設促進と地熱開発計画の早期実現を目的に、1981年(昭和56年)に発足しました。以来10年が経過したいま、目標の一つである上の岱地熱発電所が1994年(平成6年)3月より営業運転が開始されたことを一区切りとし、地熱開発がますます進展することと湯沢市の更なる発展を「拓」に込めて、ここに記念碑を建立するものであります。平成6年11月28日湯沢市地熱開発促進協議会』


























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