三戸郡南部町沖田面南本村。馬淵川沿い。
社号標(昭和41年9月3日、奉納杦沢歌吉)

2020年に1850年以来の建て替えが行われました(2021年8月新築落成)。

沖田面地区周辺(旧平良崎村)は明治時代に唯一の寺がなくなったため、村一帯の檀家が神道に改宗、早急に祖先を祀る社が必要となりましたが、当時は新たに建てることが困難であり、諏訪神社遥拝所に祖霊社として祖先の御霊をお祀りするようになったという歴史があります。一つの村がほぼ神祭家というのは、全国でも稀で珍しい地域であると云われているようです。

諏訪ノ平の諏訪神社本社は祖霊社から東へ約1.6kmの場所に鎮座。元々遥拝所ですがそんなに離れていません。諏訪神社本社は建久3年に鎮座し、承久3年に現在地に創建されました。承久3年の創建以来、旧平良崎村(南部町玉掛、沖田面地区)の総氏神様として篤い崇敬を受けています。
拝殿向拝、海老虹梁、手鋏。
「諏訪神社遥拝所・祖霊社」

十和田山(嘉永元戊申年7月27日)

手水石(元治元年子六月)

沖田面邑願主名。

末社。


曽根神社。学問の神様。

菅原道真公。

稲荷神社。五穀豊穣・商売繁盛の神様。

「日の本に生まれ出にし益人は神より出て神に入るなり」(伊勢の神宮神官中西直方(江戸時代))。この歌には「祖先の神から命を受けた者は、やがて祖先の神の許へ帰っていく」という、日本人の死生観の一端がよく表されていると言われています。



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