
秋田県仙北市田沢湖生保内。中生保内地内にあり公園として整備されています。平安朝時代、朱雀天皇のころ、天慶の乱(940)に敗れた平将門の娘滝夜叉姫はこの地に落ちのび、村の祖となったと伝えられています。

村祖姫塚姫者平将門之女也。
西北方三十間。

向います。

途中にあった四阿。

見えてきました。

石祠。
ビニールで保護されていました。両脇には地蔵菩薩。
姫塚…『平安朝時代、朱雀天皇のころ天慶の乱(939)に敗れた平将門(50代桓武天皇の子孫)の一族は、奥州に逃れて離散し、仏門に入る者、世を忍んで深山にひそむ者、あるいは行方知れずとなった者がいたといわれている。将門の娘「滝夜叉姫」は、5人の家来に守られて奥州に落ちのび、世を忍んで山深いここ中生保内に住みついて、村の祖先となったと伝えられている。昭和初期まで雑木林の中に墳墓と思われる大きな塚があり、江戸時代の作という「村祖姫塚」の石碑が建っていた。現在、将門一族興亡の歴史は、その様相を止めてはいないが、滝夜叉姫を埋葬したという姫塚は、豪族の墳墓であるといわれ、姫塚付近一帯には堂の前、卵塔野、地蔵谷地、地蔵長根の称をもって名残を止め、正に往昔の繁栄を物語っている。姫が守り本尊として持参した延命地蔵尊は、中生保内神社(ここから約1km田沢湖駅より)に奉られ、この地域一円の鎮守として今も崇敬されている。また、姫一族の古宅地といわれる周辺には、田掻地蔵、下場落し、地蔵流しなどの民話ものこっている。平成7年7月秋田県田沢湖町』




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