
『龍門寺(由利本荘市)』からの続き。

石灯籠一対。

史蹟岩城家御霊廟へ向かっています。

御霊廟石段前石灯籠一対。

御霊廟の門。
「秋田県指定史跡亀田藩主岩城家墓所」(昭和60年3月15日指定)標柱。

御霊屋。内部には岩城家累代並びに初代宣隆の位牌、二代重隆の木像(県指定有形文化財)、七代隆喜の木像が安置されています。

十代隆政。


四代隆韶。


三代秀隆。



十一代隆邦。


七代隆喜。


八代隆永の室。


納骨堂。

位置関係としては向かって右から十代隆政、四代隆韶、三代秀隆、十一代隆邦、御霊屋、七代隆喜、その右後方に八代隆永の室。左後方に納骨堂。


その他岩城帯刀家累代供養塔や石仏など。



岩﨑家累代之墓。

秋田県指定史跡亀田藩主岩城家墓所(昭和60年3月15日指定)…『亀田藩(二万石)主岩城家の墓所は、龍門寺境内にある。龍門寺は岩城家累代の菩提寺で、室町時代福島県いわき市荒川に創建され、その後寛永5年(1628)この地に移建されたものである。寺堂は明治9年(1876)におこった三度目の火災で焼失したが、墓所は火災をまぬがれた。墓所は本堂裏の山麓の一部を整地して営まれ、御霊屋一棟、五輪塔(宝形造の鞘堂内に安置)六基、納骨堂一棟があり、切石の参道が設けられている。御霊屋は桁行二間、梁間三間、一重、入母屋造、向拝一間、本瓦葺で、内部正面に岩城家累代並びに初代宣隆の位牌、右に二代重隆の木像(県指定有形文化財)、左に七代隆喜の木像が安置されている。五輪塔は、向かって右側から十代隆政、四代隆韶、三代秀隆、十一代隆邦、御霊屋の左側に七代隆喜、その右後方に八代隆永の室(妻)のものである。左後方の納骨堂は、昭和5年(1930)東京の総泉寺から移葬したものである。この墓所は、秋田藩主佐竹家墓所(秋田市天徳寺)と並んで、秋田県の近世大名家墓所としてよく整っており貴重である。秋田県教育委員会・岩城町教育委員会』

私の車のタイヤ前にアニエス・ベー(尻尾の先が綺麗な青に見えたのでニホントカゲ(ヒガシニホントカゲ)の幼体かな)。何と私の車のタイヤ前から動きません。棒でつついたのですが、反対側のタイヤ前に移動するという繰り返し。かなり死にたがりなアニエス・ベーでした。たまたま気付いたのが奇跡。
過去の『agnes b』の記事。
亀田まちあるきMAP(亀田藩二万石の城下町まちあるきモデルコース・距離約4.5km、時間約2.5時間)。もっと時間がかかりそうな…。
何とかアニエス・ベーの安全確保に成功した後…
「亀田城跡」「亀田城佐藤八十八美術館」に向かったのですが…
何と定休日でした。

ってことで、天鷺村へ行こうと思いましたが、こちらも定休日の可能性があると察し、絶対に定休日の無い熊野神社へ参詣したのでした。困った時の神頼み(※意味が違う)。

アニエス・ベーはきっと定休日を知らせてくれたのだと思います。
亀田城…『◆佐藤八十八美術館…故佐藤八十八氏(本荘市)が三代にわたって収集し、岩城町に寄贈した書、絵画、工芸品、陶磁器などの数々の美術工芸品を、各展示室ごとに展示しています。◆先覚顕彰館…秋田県初の大臣となった堀田正養や日本武徳会創始者の鳥海弘毅、元最高裁長官の岡原昌男をはじめとする亀田藩の先覚の業績をたたえ、また、佐々木忠郎氏の結核予防と地域文化の高揚に尽力された資料を展示しています。◆薬王寺館…土蔵風のたたずまいのギャラリーでは、書、絵画、工芸品など、さまざまな美術展を開催しています。展覧会や個展の会場としてご利用ください。◆茶室天鷺庵…茶道裏千家十五世鵬雲斎千宗室家元のご指導により建てられたお茶室で、家元直筆による「天鷺庵」の扁額があります。日本の伝統文化に触れ、四季折々の風情をみせる庭園をながめながらおくつろぎください。お茶会などにもご利用いただけます。◆惣助亭…約160年前にたてられた農家をそのまま移築したもので、広い土間や大黒柱などが、いにしえの時を偲ばせてくれます。また、お休み処惣助亭として、お抹茶の呈茶も行っています。◆深山軒…重厚な梁と黒光りする太い柱は、歴史のおもかげを残しています。◆開館時間…3月-10月:午前9時-午後5時。11月-2月:午前9時-午後4時◆休館日…月曜日(祝日はその翌日)、12月28日-1月3日』








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