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秋田県由利本荘市岩城赤平向山。
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「亀田藩主岩城家墓所」標柱。
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戒檀石。1つはよくある「不許葷酒入山門」。
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もう1つは「禁藝術賣買之輩」とあります。全国的にも珍しいもののようです。名僧呑亀和尚建立。
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階段。行ってません。正確には行った気がするのですが、記憶がない上に写真もありません笑
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山門。
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山門前の石仏。
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8.5
1基は元禄8年と古いものでした。
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由利本荘市指定史跡「龍門寺山門を中心とするその一円」より…『史跡の中心をなすこの山門は、本荘八幡神社の山門であったものを、昭和37年現在地に移築したものである。棟札は現存していないが、その建築様式から江戸時代後期のものと考えられる。当初茅葺屋根であったが、その後瓦葺に姿を変え現在に至っている。(間口3間、奥行2間、総欅の入母屋造り)。この山門前には葷酒塔と戒檀石が建立されている。特に「禁藝術賣買之輩」と刻まれた戒壇石は、数少ない貴重なものである。』
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曹洞宗禅勝山龍門寺。
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寛永5年建立。御本尊釈迦如来。
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明徳3年、陸奥国磐城郡飯野郷(福島県いわき市)に開創。開山は青岑珠鷹。開基は岩城朝義。曹洞宗太源派加賀国総持寺の末持。寛永5年に岩城家移封とともに現在地に移っています。亀田藩主岩城家の菩提寺であり、県指定有形文化財の2代藩主木像が保存されています。
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参道石段・石灯籠一対。
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六地蔵。
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鐘楼。
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梵鐘。
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石仏3基。
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手水舎。
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大佛尊。
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大佛尊縁起…『安永9年(1780)俗称赤田の閑居様是山和尚が赤田に建立せる。丈六の大佛は13年後の寛政4年4月20日赤平の月宮庵附近に遷座され文政6年(1823)3月15日及び弘化元年(1844)正月24日両度の火災にも危く難を免れたが明治14年9月8日の未曽有の大火に尊像の両足を残して類焼した。現存する両足は阿部金五郎氏が火焔の中から持出せるものである。其の後亀田六町の世話方が協議してこの古堂を買い受け是山和尚自作の御腹籠の霊佛と共にこの両足をここに安置することとし仝年7月13日遷座入佛をした。大正3年4月16日六町協議の上、當山に移転尊像を新造して年々六町に於て祭典を執行して来たのである。本堂再建のため現在地に移転し、昭和33年8月17遷座入佛したものである。因みに当大佛尊の赤平遷座は再三にわたる城下の災火に心を痛められた藩主が是山和尚にはかって國中の防火と安泰を願って行われたものと伝えられる。祭典は毎年8月23日六町によって執行される。贈、平成元年4月吉日、宮城県仙台市在住、佐竹節子』
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寺務所。
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本堂。
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寛永5年、岩城吉隆が多宝院(能代市檜山)から鶴翁呑亀和尚を招き亀田城下に龍門寺を創建。以後、亀田藩主岩城家の菩提寺として篤く庇護されております。龍門寺は亀田藩から寺領60石が安堵され、領内曹洞宗寺院の僧録所として寺運隆盛、末寺10ヵ寺を擁しました。本堂は何度か火災に遭っており、現在の本堂は昭和35年建立。亀田領三十三観音霊場(天明年間)16番札所。
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観音堂。
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こちらは…
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地蔵堂かな。
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宝篋印塔。
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