秋田県にかほ市象潟町五丁目塩越。
社号標「郷社古四王神社」。

狛犬一対(昭和5年9月奉納)。
石灯籠一対。


船絵馬…『古くは船体や航海技術も未発達で、文字どおり板子一枚の下は地獄といわれていた時代があった。江戸時代中頃から明治半ばまで日本海海運として活躍した弁財船であっても危険と紙ひとえであったため、神仏にたよることも多かった。船絵馬は航海の安全や豊漁を祈願して社寺に奉納したものである。船主や船頭などが盛んに奉納し、由利地区には200点余りが現存しその半分以上は象潟町にある。中でもここ古四王神社が最も多く、37点が現存する。奉納した願主は地元の人ばかりではなく他国の人もみられ、往時の信仰の広さや賑いぶりが伺える。』

石灯籠一対(昭和5年9月2日)


手水舎。

参道。
石灯籠一基。

石灯籠一基(昭和5年9月2日)。

境内拡張(宅地百四十坪)寄附芳名碑(大正12年4月)。

庚申塔。

猿田彦尊。

風神(志那都彦命・志那都姫命)。

出羽三山。

鳥海山。

狛犬一対(昇格紀念・昭和5年9月2日)。
二之鳥居。
石灯籠一対(昭和5年10月建立)。


参道。
狛犬一対(御大典紀念・昭和3年11月10日)。
御神輿庫。

扁額「高橋正吾奉納」

石灯籠一対。


荒屋橋風会記念碑「醇風流芳」(蚶満寺丗八世植木道思師篆額)。

手水石。

社殿。

御祭神は経津主神、武甕槌神、甕速日神、熯速日神。例祭日5月15日。

古里山に鎮座する産土神古四王神社は、亀山天皇の弘長3年、南秋田郡寺内村(現秋田市)古四王神社の御分霊を勧請し、塩越村横山新田に一宇創建して守護神としたのを創始とします。後醍醐天皇正中2年冠石道西山に遷宮し、境内も狭く人家も増え、後陽成天皇文禄3壬辰年8月朔日、現在の聖地古四山に再建遷宮して今日に至ります。本殿は一間社にして文化財級の美事な彫刻とのこと。大正14年11月17日村社昇格、昭和5年9月2日郷社に昇格。境内には平田銕胤の有吊な恩頼碑あり、社額(古四王)は六郷藤原政鑑公の真筆。社紋三ツ亀甲星。

拝殿蟇股・木鼻。
拝殿向拝神額。

甲羅。

拝殿内。正面にある藤原政鑑筆の社号額は暗くて写らず。横には大きな絵馬が見えました。

古四王神社…『祭神:経主神、武甕槌神、甕速日神、熯速日神。「古四王神社縁起写」(年月未詳)によると、弘長3年(1263)佐藤左織・佐々木典繕・泉孫治郎らが南秋田郡寺内村(現秋田市)の古四王神社の分霊を勧請して汐越村横山新田(現象潟町内)に一宇を建立して守護神としたのが始まりと伝えられる。その後正中2年(1325)冠石道西山(現象潟町内)に遷座、更に文禄3年(1594)8月現在地に遷座したが、文化元年(1804)の象潟大地震など2度にわたり消失し、現在の社殿は嘉永元年(1848)に竣工したものである。祭神は武人としての崇敬が篤く、11代本荘藩主藤原政鑑筆の社号額が奉納されている。祭礼は5月の第3日曜日で熊野神社と同日に象潟の祭として盛大に行われている。』

社殿裏へ。

白狐山稲荷大神。本殿より狐の方が大きいです。


平田銕胤恩頼碑。

状態はそこそこ良好ですが…

内容が難しかったのでパス!













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